第1章 1話 邂逅
(ふざけるな!)
木に手をつき切れる息を整えながら心の中で罵倒する。
「あんな数冗談じゃない」
もう大きな声すら出ない、呟くので精一杯だ。
ここから8里ほど離れた古城に住んでいたレナは、ヴァンパイアとしても長い400年近い年月の果てに、レムリア王国ウエストガルド領の古城にて念願のスローライフを満喫していた。
古城に療養でやってきた貴族という虚偽の設定で古城の権利を、魔法で操った役人に書き換えさせた。
手に入れた古城はここ(レムリア王国)とジェノバ法国との国境近くにあり、人里からも十分に離れておった。住むにあたってまず行ったのはホムンクルスを作成して身の回りの世話をさせる事、儂自身は高価である魔導具を産み出し多額の利益を得た。
それから魔導書や学術書を手あたり次第に集め、知識をホムンクルス達に学ばせ、街の者に知識を広めた。ある時は学者の振りをさせ、ある時は医者。最新の畑作法、鍛造技術を教え、血液すら合法的に手に入れた。
おかげで古城に住み始めた頃に比べ街もずいぶん大きくなった。
数十年にも及んだ安寧がこのままずっと続くはずじゃった。
襲撃される直前に拉致した役人はこう言った。
隣国ジェノバ法国との関係が悪化し、国境警備と隣国への抑止力の為に、最寄りの街に軍事拠点の新築が決定、視察官が街を訪れる事になった。
この古城の存在を知った役人は、国境により近い古城に是非とも軍事拠点を作りたいと考え始めた。だが所有者は貴族なのだという、下手なことはできないと判断し、住居を移って頂く交渉の為、情報集めが開始された。
視察官からの要請で役所が動き出すと不自然な書類が次々と見つかった。古城は今の権利者に渡る前はウエストガルド領の所有物のはずだった。それがいつの間にか名も知らない貴族の所有物になっており、そしてそんな貴族などいないことがわかる。遠く離れた地方貴族の姓だったがそんな名前の人物が居た形跡が見つからない。役所にある出生記録にだけ存在する名前だった。役人も青ざめた。数十年に渡り正体不明の人物が国の管理する領地に居座っているのだから。
そして都合の悪いことに、当時の軍事活動記録から大きな力を持った人外、真祖のヴァンパイアである少女が王都セントラル付近にて国軍と交戦した記録が見つかってしまう。その記録には交戦後ヴァンパイアはウエストガルド領へ向けて逃亡した事、ウエストガルド領での大捜索の甲斐なく未発見だったことが分かった。古城の権利が移った前年の話だ。この時点で古城の主は完全に黒だと断定された。
この街に魔導中隊を含めた国軍2個連隊という大軍が集められてる。
当時の資料を掘り返し、同じ対象と思われる交戦記録を徹底的に調べ上げ、できうる限りのヴァンパイア対策を行った。
そしてもう街の住民には緘口令が敷かれる。
街との交流をもっと盛んに行っていれば回避できたやもしれん。
知恵を流し、恩を売り、貴重な魔導具を卸しそれなりの利権をえていた。
ホムンクルスが異変に気づいた時にはもう緘口令が敷かれていた。
拉致した役人に魔法を使用し、口を割らせた時にはすでに包囲は完了していた。
状況を把握した陽の出と共に、完全包囲からの全軍一斉攻撃が始まってしまった。
「血痕があったぞ!あたりを調べろ!」
遠くで兵士の声が山中にこだまする。
咄嗟に肩の矢傷を押さえ腕から滴る血をぬぐい、血が周りに付着するのを防ぐ。ヴァンパイア対策を取った大群を退け、幾重にも重ねた包囲を突破するのは、真祖のヴァンパイアであるレナにとっても容易ではなかった。ホムンクルスや眷属はすべて倒され、ほとんどの装備を紛失していた。魔力は枯渇し、肩に刺さった銀の矢を抜くこともできぬほど疲労困憊であった。
(せめて夜になりさえすればのう)
儂としても我が身も忘れ暴れてやりたいという感情はあった。もはやそんな力など残っていない。
(今は逃げ切る事が最優先じゃ。)
だがこれ以上動き続けるのはもう困難。脚も上がらくなってきた。
光が差し込む。
開けた場所にでたようだ。
(もう隠れるしかないのう)
イチかバチか目についた茂みに身を潜めた。
隠れてすぐにハッとする。
「おいおい。なんでこんな所に人がおるんじゃ」
自身が潜んでいるすぐ傍に人が横になっていた。
自身のうかつさに吐き気がする。もはや疲労からこんな事にも気づけなくなっていた。
兵士の声が近づいてくる。
もう今更出られん。
死んでいるのだろうか身動きひとつもしない人物は兵士の来る方角からは丸見えだった。
「……もう覚悟を決めるしかないな」
「血痕は!」
「少し前で途切れたままです。」
「あたりを捜索しろ!そう遠くへは行ってないはずだ!」
追いついて来た6人の兵士が開けた場所に来てすぐ捜索が開始される。すぐさま横になっている人物が見つかった。
「おい貴様!起きろ!」
もぞもぞと起き上がった人物はどうやら男性のようじゃ。人間にしては大柄で、筋骨隆々とまではいかないが、それでも頼りなさを感じさせない鍛え抜かれた体つきをしていた。
「……あー……どうされました?」
男は腕を上に伸ばし大きくあくびをしながら答えている。
「このあたりに子供が来たはずだ!答えろ」
「さあ?このとおり寝てたので」
そう言いながら男は頭を掻き、あたりをきょろきょろと見渡した。
一瞬こちらと目が合ったような気がしたが特に気づいた様子はない。
兵士はかなり苛立っており男に食って掛かていたが、男は特に反応しない。
変なやつだ。
偶然にも男の大柄な体が壁になり兵士の位置からは死角だった。
兵士の意識が散漫になっているのが身を潜めているレナにも伝わってくる。
(もしかするとやり過ごせるかもしれん)
一瞬の気の緩み、小さい息が漏れた。
途端に男向けていた視線がこちらを向く。
兵士が勢いよく腰の剣を抜き、男を押し退けレナのいる茂みに剣を突き立てた。
(ここまでか)
レナは諦めて目を閉じた。
(痛みを感じない。もう死んだのか?…いや?まだ生きている?)
身体に差し込まれるはずの刃をいつまでも感じず、恐る恐る目を開けた。
兵士が突き出した剣は目の前、鼻先数センチで止まっていた。
誰が見ても明らかな致命の突き。人を殺すのには十分すぎるほどの一撃
何が起こったのかわからない。
顔を上げ 目を見開き そして瞬きする機会を奪われた
鼻先にある刃はくだんの男に箸でもつまむように止められていた。
剣を止められた兵士も目を見開き硬直している。
「なにをする貴様!」
隣にいるもう一人の兵士は腰の剣を抜き放ち男に切りかかる。
男の肩に切り込まれた剣は腕ごと両断するほどの勢い。
しかし腕どころか薄皮一枚切れていなかった。
逆に兵士の手が裂け、切り込みの威力を物語っていた。
切りかかった兵士も絶句する。体は硬直し呆けた顔で男を見上げた。
穏やかだった男の顔は歪み、舐め上げるような眼を兵士に向けた。
あまりの緊張に兵士の肺は呼吸を詰まらせる。
途端に男のまわりの空気が一変する。人ならざる者の咆哮のような圧力
その場にいる全員が気づいた
……人じゃない…得体のしれないナニかだ…
委縮し、肌が泡立ち、汗が噴き出した。
男は切りかかった兵士へ勢いよく振り向いた。
振り向きざまに剣を止められた兵士と切りかかった兵士の二人を腕で払う。
童遊びのボールのように二つの首が飛びゴロゴロと草の上を転がった。
「ッヒィ…」
近くにいた二人の兵士から押し殺したような悲鳴が漏れる
時間にして一瞬。
目を離したのは飛んだ首に目を奪われ視界を戻す刹那の時間。
兵士をのぞき込むように眼前に男が立っていた
目では取れえられない速度で腕が振り下ろされる。
兜の上から払い落とされ、兜はへしゃげ頭は地面にめり込んだ。
隣にいたもう一人は胴を平手で払われる。
破城槌でも撃ち込まれたように鎧は原型がわからぬ程へしゃげ、取れた留め金や破片、血をまき散らして吹っ飛んだ。
奥にいた部隊長らしき男が肩に担いだバスターソードを持とうとするが震えて落とす。
もはや拾う事もできず駆け出す。続いて最後尾にいた兵士も脱兎のごとく駆け出した。
男は悠然と歩き剣を拾い上げ、振りかぶって2人の兵士投げつける。
長物であるバスターソードは回転しながら勢いを増し、二人の兵士をなぎ払い、それでも勢い余って大木に突き刺さり、大木を根元からなぎ倒した。
静寂が訪れる。あっという間に6人の兵士が物言わぬ躯になった。
場を満たしていた狂気は消え去り、男の背中からは先ほどの圧力は微塵も感じられなかった。
ここまで御覧いただきありがとうございます。
冒険者になり目的地に向けて歩き出すのはもうちょっと先になります。
今後も個性を爆発させたキャラクターを登場させていくつもりです。
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