賢一のおつかい 〜自由の街とドラッグストア〜
2020.7.8 に書いたものです。
僕、品川賢一。
自由の街と呼ばれる蛸酢ノ宮川市で母と暮らす、二十二歳の男。
今日は母に頼まれてドラッグストアに買い物をしに行くことになったんだ。日頃は基本ずっと家の中で暮らしているから、今日は数週間ぶりの外出。一人なのは少し寂しいけど、母は風邪だから仕方ないよね。母にはいつもお世話になっているから、こんな時ぐらいは買い物に行くよ。
それにしても、今日は良い天気だなぁ。
街の中央を流れる蛸酢ノ宮川はいつも穏やかな川。それは今日もだよ。ちょろちょろと上品に流れる透き通った水と、傍に大量に生えた雑草。その組み合わせが、眺めていてとても心地よいんだ。
歩いているうちにドラッグストアの大きな看板が見えてきた。
あとは信号を渡るだけーーそう思っていたのだけど、道路にたどり着く直前に立ち止まってしまった。
なぜって、手前にドラッグストアがあったからだよ。
歩道の端に長テーブルが一台置かれていて、女性が一人待機している。で、その横に旗が立っていた。その白地の旗には『ドラッグストア』という大きな文字が描かれている。旗は穏やかな風に揺られていた。
「ここ、ドラッグストアなんですか?」
いつも行っていたドラッグストアは信号を渡った向こうの店舗だけど、その店で買うというこだわりがあるわけじゃない。欲しい商品を近くで買えるのなら、それはありがたいことだよ。きっと、どこで買うかなんて関係ないんだ。
「えぇ。そうですよー」
店番していた女性は愛想良く言葉を返してくれた。
それにしても、とっても美人さんだなぁ。
ショートヘアなのに女性的な魅力に満ちていて、凛とした強さも感じられる。まるで、僕の母の若い頃みたい。つい見とれてしまう。
「あの、薬を買おうと思っていたんです。ここで買っていっても構いませんか?」
「いいですよー。何をお求めで?」
「鎮痛剤と風邪薬を買いたいんですけど……」
「あらぁ残念。両方売り切れですー」
びっくりだ、鎮痛剤も風邪薬もないだなんて。
ドラッグストアには置いてあるものだと思い込んでいた。
でも、よく考えてみればそうだよね。ドラッグストアは完全無欠じゃない。鎮痛剤や風邪薬が売り切れることだってあるよ。八百屋に行ってキャベツを買えなかったことだって、何回もあったもの。
「でもちょうど良かったですー。さっき素敵なものが入荷したんですよ? 素敵なお薬」
「本当ですか!」
「これを飲めば幸せになれるんです。痛みなんて吹っ飛んで、爽快爽快。いかが?」
「あ……今は止めておきます。では失礼します」
僕な丁寧にお辞儀をして、いつも買いに行く店の方へと歩き出す。
あの女の人は美人だった。
けど、売ってる物はちょっと怪しかったな。