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折れない剣を造ろう!③


 澄んだ声音が諳んじる聖句の詞を背に、地面へ置かれた剣と素材へ構成円を重ねる。大きさはそんなに必要ない、剣が丸々収まるくらいで十分だ。

 指定する数値についてはアルトの補助を借りながら、行程の一つ一つを注意深く描き込んでいく。

 以前であればそう意識せずに描くことができた構成も、大幅に力を落とした今となっては線の一本にも慎重さを要する。一度に十以上の効果を乗せるとなれば尚更だ。


<地中二百を越えますと私の探査範囲外となります。その時点でもし何か問題が発生した場合に引き返せるよう、念のためポイントの設定もお願いいたします>


「そうだな。素材の代替もないことだし、念入りにいこう」


 外円の内側に複数の円でパーティションを描き、それぞれに望む効果を乗せていく。必要な分子を移動し、分離し、結合させる。仮の炉までを一括りにして、そこへ重ねた別の構成には後始末の行程と座標を描き込む。

 複数の光点が軌跡となって線を繋ぎ、六回対称の図形を浮かび上がらせる。円と曲線と直線の生み出す幾何学模様、各々の効果がつながり、レース編みのように精緻な装飾を成してゆく。

 ちらちらと舞い散る精霊の燐光。淡く照らされる中に一際強く輝く、二枚重ねの構成陣が出来あがった。


 その完成と共に、何か合図を送るでもなく剣の合成は開始される。

 構成の網に包まれていたキンケードの剣と素材たちは、瞬きの間に地表から姿を消した。地下二千ほどに設定した仮の炉、そこへ送ったらあとは仕上がりを待つだけだ。


<……ポイント通過。深くまで泥岩と堆積岩が続いているようですね。作成した炉はそのまま保持しないのですか?>


「今回はテストも兼ねているからな。継続して使うようなものは、また改めて造るさ。もちろん手は抜くようなことはしていないが、この身でどこまで描き込めるか試す意味合いもあった」


 そうして試した結果わかったことは、二枚重ねでも結構きつい。

 下手に干渉しないようにと二枚に分けてみたが、これなら一枚に描き込んでしまったほうが楽そうだ。

 もう少し体が成長するか、もしくは自分で聖句を唱えて精霊たちの補助を借りればもっと枚数を増やすこともできそうだが、もともと多層構成陣はさほど得意でもない。

 それならば潔く、改良版の聖句を唱えて円柱陣にしてしまったほうが大きな効果が望めるだろう。

 もっとも、それはそれで疲れるし、体への負担が大きいことも三年前に実証済みだ。


 そんなことを考えていると、いつの間にかカステルヘルミが唱えていた聖句も止まっていることに気づいた。もう構成は発動したからやめてしまって構わない。

 実を言うとこちらも、()()の聖句を()()の魔法師が唱えたらどうなるかというテストを兼ねていた。

 もともとここは自分の『領地』だからあまり比較には適さないが、精霊教の授業で唱えさせられていた時同様に、それなりに精霊たちが沸いていたようだ。


 つまりは、『発音や精霊眼の質が異なっても、聖句は同じような効果を発揮する』ということ。


 ……何だかわからないが、どうにも嫌な感じがする。

 書斎にある本は粗方読んでしまったから、あとは他の場所で関連書籍を探すか、詳しそうな人物に直接話を聞いてみたい。

 だが聖王国の人々は、そもそも聖句自体に効果があることなど知らずに唱えているのだ。こんな比較をした者はこれまでいなかったかもしれない。

 調べるとしたら既存の知識はあてにできない。自分自身で試し、考えながら探ってみるより他ない。



「……さて、ガスが打ち出されるからもう少し下がっていようか。先生の聖句もそれなりに助かったぞ」


「は、はい……、お役に立てたなら、何よりですわ……」


「精霊と構成は視えていたか?」


「きらきら、空気が光っていて、あと金色の模様が、地面に……。前に、お嬢様が手に浮かべていたのより大きい円が! わたくし、ちゃんと見えましたわ!」


 始めはぼんやりしていたが、話しながら段々理解と実感が染みてきたのだろう。両手に握り拳を作り、頬を紅潮させながら声を張り上げる。

 精霊眼を使うことを意識しながら、ひたすら丸を描き続ける作業は決して無駄ではなかったのだと。成果をその眼に映したことで、何がしかの上達を掴んだに違いない。

 訓練とはいえ、変化に乏しいことを延々と続けるのは苦痛を伴うから、何か少しでも実感を得られたのなら良かった。


「オレはなんも見えなかったぜ、魔法師じゃねぇから見えないのか? 前はなんか……いや、」


「以前のあれは、キンケードも効果範囲にいたせいだろう。本来、構成陣を描く光は普通の網膜で捉えられるものではない……らしい」


 生前も含め、自身は精霊眼の視界しか知らないため、その点に関しては本や伝聞の知識でしかわからない。

 カステルヘルミと自分が同じものを視ていないように、キンケードの目に映るものも自分とは異なるものだ。

 きっと本当の意味で自分と同じ世界を視ているのは、この地上で『勇者』だけなのだろう。


 キンケードはこの場にカステルヘルミがいるため、三年前の領道の話を持ち出すのは控えたようだ。

 誠実さから途中で言葉を切った男に対し、別に構わないという意味を込めて視線を送れば、何やら気まずげに口元をもごもごとさせた。


「それで、お嬢様。剣も置物もなくなってしまいましたけれど、この後はどうされるのかしら?」


「んー、もう少し待て。じきに出てくる」


「出て……?」


 その言葉をかき消すように、ボッという鈍い破裂音が響いた。

 圧縮した有毒ガスを上空へ打ち出したのだろう。

 影響のない高度まで運んでから大気中に分散される。元々大した量ではないから、風や雲に含まれたとしても問題はないはず。

 それから間もなく、土をかき分けるようにして一振りの剣と銀色の熊が姿を現した。


「……銀色っ!?」


「あれ、熊の色が変わってますわ!」


「いや……オレとしちゃあ熊よりも先に剣を見て欲しいんだが……まぁいいけどよ」


 荒々しく魚を捕らえる熊は表面のくすみや汚れも綺麗に落ちて、眩い銀色に輝いていた。

 少し抜いた鍍金の組成が変わってしまったのだろうか。前よりも綺麗にはなったけれど、ここまで色が変わるとは思っていなかった。

 手に取った熊の置物はほんのり温かい。……カミロへの言い訳を考えておかねば。


「えーと、そうだ、剣だな。しっかり仕上げをしておくか」


 熊を横に置き、土に横たわっている刀身のそばへ屈み込んでその腹に指を滑らせる。

 刻む構成は軟性。硬度と防腐については対策をしたから、あとは折れるような衝撃を受けた際にポッキリいかないよう、柔軟性を加えておくのだ。

 合金の元素結合はそのままに、外側へ構成による補助を足す。

 これは永続的なものではない。豪腕の武器強盗を渡り合うための一時的なものだから、ほんの数ヶ月ほどで効果は切れてしまう。

 だがその期間内であれば並大抵の力で折れることはないし、どんな酸にも耐え、決して錆びることもない。骨を断つ膂力さえあれば竜種の首をも落とすことができるだろう。

 小さな構成を刻みながらキンケードへそんな説明をしていると、背後からふたり分のため息が聞こえた。


「このトンデモな代物、オレが持ち歩くのか、まじでか……」


「重々お気をつけくださいまし……夜は抱いて眠るくらいの用心深さで過ごされるのがよろしいですわ……」


「しばらく酒もやめとくわ……。つか、強盗とっ捕まえても数ヶ月はこのままなのかよ……」


「用が済んだら、ファラムンド様へ事情をご説明して、しばらく預かって頂けばよろしいのではなくて?」


「ダメだ、あれは道具は使ってなんぼ派だ、竜狩りだとか言って森に突撃しかねない。カミロの胃が死ぬしオレの首が飛ぶ」


「まぁ竜狩りだなんて、勇ましい方、素敵……」


 せっせと小さな構成を描く後ろで、大人たちはそんな好き勝手な会話を交わしている。

 効果が長すぎるのが問題なら、強盗を捕らえ次第、剣をまた自分の元へ持ってこさせよう。そこで刻んだ構成は破棄してしまえばいい。……強化を施した刀身はそのままになるが。

 ついでにいくつか思いつきの効果を描き込んでから、刀身への仕上げを終えた。


「……うん、できたぞ。キンケード、ちょっと持ってみろ」


「おう」


「足した素材が少ないから、重量はそこまで変化していないはずだ。グリップはまた皮を巻いてもらわないと握りの感覚はわからないだろうが、振ってみた感じはどうだ?」


「…………」


 キンケードは片手で易々と持ち上げた剣を、クチナシの木から数歩離れた場所で振り下ろす。それから両手で握り、振り下ろし、斬り上げ、また振り下ろした。

 そのたびに空気を裂く鋭い音が周囲へ響く。思った通り両手の握りの間隔が狭いようだが、それでも手首や肘には余分な力がこもっていない。

 力を込めるたび、鍛え上げられた腕の筋肉が隆起する。肩から続く背骨、背筋、踏みしめた両足。重心の移動もスムーズで体幹のバランスが良い。

 カミロの見立てでは、イバニェス領内でも三指に入る使い手だというキンケード。自警団の副長を務める男は、やはり相応の強さを持っているようだ。


「……うん、たしかに重さはあんま変わっちゃいないな。だが細かい傷や刃こぼれまで全部キレイになってるじゃねぇか、街の鍛冶に出したってここまでやってくれねぇよ、有り難ぇけどよ」


「精霊様とやらへ感謝しておけ、何やら御利益があるらしいぞ?」


 そう言ってカステルヘルミのほうを見れば、顔をしかめて「ウー」と唸り声を上げる。


「だって、だって、精霊様はたしかにいらっしゃいますし、聖句やお祈りも間違っては……だから、精霊様とお嬢様へ感謝を捧げるのがよろしいかと思いますわ!」


「おう、それとアンタにもな。高価そうなもん貰っちまったが、その分はキッチリ働きで返すぜ。あの野郎を今度こそとっちめて、巻いた布全部ひん剥いてやる」


 そう豪快に笑って、持っていた剣を肩に担――ごうとして途中でやめたキンケードは、中途半端に下げた状態で情けない顔をこちらへ向けてくる。

 別にそこまで切れ味を増したわけではないし、あからさまな危険物扱いをされると、まるでこちらがやりすぎた様ではないか。

 ちょっと頑丈で折れなくて錆びなくて、ほんの少し付加効果のある、見た目は何の変哲もない鋳造品の両手剣なのだから、いつも通りに扱えばいい。


「握ったところで指が落ちるわけでもない、ただの丈夫な剣だ。心配ならさっさと鞘へ収めてしまえ」


「おお、そうしとく……」


 キンケードが鞘へと収める間に、地面へ放置していた熊の置物を回収し、それから剣のあった場所を探ってベルトの飾りとボタン、小さな金属塊を拾い上げた。

 キンケードの制服から拝借したものは、表面がくすんだ程度で大した変化は見られない。金属塊のほうは元は首飾りと耳飾りであった銀から、不純物を抜いてひとまとめにしたものだ。指の間接一本分ほどの円筒形をしている。

 それをつまんで、熊ごとカステルヘルミへ手渡す。


「紅玉を提供してくれて助かった、礼を言う。この銀はそのうち別の装飾品に加工し直してもらえばいい。石が必要ならわたしが工面しよう」


「ええ、ありがとうございます。そのうち機会があればお願いいたしますわ、次は髪飾りがいいかしら?」


 形を手放したことで何かが吹っ切れたのだろう。首飾りを持ってきた時とは一転して、女魔法師は晴れやかな笑顔でそう答えた。



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