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ティータイム


 こちらの話がひと段落ついたことを察したのだろう、銀盆を携えてきたトマサがローテーブルの横で腰を折った。


「失礼いたします。お茶のご用意が遅れてしまい申し訳ありません。……リリアーナ様にはこちらを」


「ん? おお、ありがとう」


 小振りなカップに用意されたのは、お代わりのホットミルクだった。今は香茶よりもこちらの方がありがたい。

 侍従長の前には香り高いお茶を置き、中央にお茶請けとして大きなクッキーの乗った皿と小皿が用意された。素朴な丸い菓子はリリアーナにも見覚えのあるものだ。それから手を拭く小さなタオルと、膝にのせる白いナプキン。

 そつのない所作でそれらの支度を終えたトマサは、再び優雅な礼をしてテーブルを離れていった。


「このクッキーは、街の菓子屋で売っているとかいうやつだな」


「リリアーナ様もご存知でしたか」


「カミロの方こそ、知っていたのか?」


 男は丁寧に手袋を外し、絞られたタオルで手を拭った。書類仕事が多そうな割りに長い指はごつごつと節くれ立っている。リリアーナの頭など片手で掴めてしまいそうな大きな手だ。


「食用品の通りの端に、昔からある店なのですよ。見た目よりも量を重視するような、庶民の小銭でもたっぷり買える菓子をいくつも扱っているのです」


 そう言ってカミロは大きなクッキーを一枚取ると、小皿の上で四つに割った。器用に四等分された一欠けを口へ運び、ごりごりと咀嚼してから香茶を飲む。

 先に手をつけたのは毒味を兼ねていたのだろう。嚥下してからひとつうなずく。

 それを確認し、リリアーナも真似をして小皿の上で割ってみたが、不均等な七つの欠片になってしまった。

 どうせ一口が小さいからこれくらいで構わない。小さく割っても硬い噛み応えとシンプルな焼き菓子の味は、やはり先日フェリバからもらったクッキーと同じものだ。


「トマサがこれを用意するとは思えませんから、フェリバの私物でしょう」


「む……。その、まぁ、何だ。たまには良いだろう」


 リリアーナがこの菓子を知っているということは、一度だけ街へ下りた際に食べたか、他の機会に与えられたかということになる。

 経路などお見通しであろう侍従長は、「間食は程々に」とだけ言ってそれ以上咎めるようなことはなかった。


 そういえば直近でカミロに訊ねようと思っていたことがある。多少の時間を要することになる話題だが、多忙なこの男をまだ引き留めて良いものだろうか。

 お茶を用意されて断らなかったということは、それを飲み終わるまでは腰を落ち着けたままでいるという意思表示とも取れる。ほかほかと温かいカップを両手で持ったまま確認してみることにした。


「カミロ、雑談程度だが訊いてみたいことがあったんだ。まだ時間は大丈夫だろうか?」


「ええ、構いませんよ。……実は今、旦那様は急な来客の対応中でして。当面手が離せないため、朝は私だけでリリアーナ様のお加減を確認に参りました」


「ああ、それで父上は来なかったのか。大変だな」


「全くです……」


 疲労の色濃く乗った声が落ちる。

 いつも変わらぬ様子で仕事をこなしているように見えるため、疲れを表に出すことは珍しい。その急な来客とやらは余程の相手なのだろう。


「そういう訳でして。私だけで片づけられる仕事は粗方終わっておりますから、あとはお客様が帰られるまで鉢合わせることのないよう、身を隠していたいのです。どうぞ何なりとお訊きください」


「そ、そうか……」


 侍従長ほどの男が敬遠するような相手。一体どんな人物が訪れているというのか、恐ろしくて訊ねるのもためらわれる。

 おそらくは知らないでいた方が良い類の話だろう。対応にかかりきりだというファラムンドには悪いが、この機会にこちらの用件を済ませてしまおう。


「領内で、武器をゆすり取る強盗が出没しているという話を聞いてな」


「フェリバですか」


 寸間置かない断定にミルクの水面が揺れる。しばらく笑いをこらえていると、「違いましたか?」と小さな呟きが聞こえて、ひとまずうなずいておいた。トマサと全く同じ反応に腹筋がひきつる。


「ふ、っくく……、最初にその話を聞かせてくれたのは別口だ。フェリバにはわたしから訊ねたのだから、後で叱ってくれるなよ?」


「ええ、すでに領民の間にも広く知れている話題ですから。ですがリリアーナ様が興味を引かれるような案件とも、……あぁ、なるほど、キンケードのことですね」


「そう、話が早くて助かるな。強盗にあの髭男が手痛くやられたそうではないか。もう少し詳しい話を聞きたいのだが、何か知っているか?」


 そう訊ねるとカミロは香茶を一口飲んで、思案に目を細めるようにしてからゆっくりとカップを置いた。

 気負う必要のない話なのか、先ほどまでの対話よりもずいぶん肩の力を抜いた様子で口を開く。


「最初に被害の話が出たのは、今年の始め頃のことです。モンタネール領から遠路を渡る商団が、コンティエラの街を目前とした辺りでおかしな強盗に遭い、護衛たちが軽傷を負ったと」


「護衛の軽傷だけ?」


「それも、一騎打ちに応じて敗北した者のみですね。これまで死者は出ておりません。先に降参をすれば所持している武器を差し出すだけで見逃されたらしく、丸腰の商人などは相手にもされなかったそうです」


「ふむ……、被害は本当に武器を持ち去るのみなのか」


「ええ。こちらまで話が上がっているだけで、すでに十三件。全て同様に積み荷の商材へは一切手をつけず、一騎打ちをふっかけて敗者が所持している武器のみを強奪して行きました」


 アーロンやフェリバから聞いた話と全く同じだし、ますますよく分からない。そこまで武器を集めたいのであれば、最初から街の武器屋でも襲った方が早いのではないだろうか。


「武器集めが目的なら、武具を扱う商人一行を狙うなり街の武器屋を襲撃するなり、他にもっと手早い方法があるだろうに。この場合は一騎打ちが目的と思った方が良いのか?」


「目的というよりは、本人のこだわりといった印象を受けますね。あくまで私の個人的な所感としては、ですが」


 なるほど、と砕いたクッキーをつまみながら考える。

 まず武器を集めるという目的があり、その手段は直接店舗を襲うのではなく、護衛などの使い手と一対一で戦い、敗者からの戦利品として入手したい。

 この流れをこだわりと捉えるのであれば、見えてくるのはまず自分の腕前に対する相当な自信。護衛がまとめてかかっても敵わなかったそうだから、相手の数に関係なく勝てる見込みと実力を備えている。

 そして、まとめて薙ぎ払える力を持っていながらあえて一騎打ちを持ちかける部分は、本人の矜持だろうか。

 敗者を無駄にいたぶることもなく、死者を出さない。……否、死者を出さないように打ち負かしている。


「武器を集める何らかの理由と、武人としての心得があり、……あと金を持っていないな」


「まぁ、金銭に余裕があれば購入しているでしょうしね。そもそも、商人の護衛が所持している武具などたかが知れています、高名な鍛冶師による逸品や銘のある武器を下げている護衛なんてまずいません」


「うん、そこだなぁ。集める武器の品質は問わないということか? 何だか考えれば考えるほどよくわからない強盗だな」


 少しぬるくなったホットミルクを飲むと、唇に膜が貼りついた。カップを傾けたままそれをぺろりと舐め取る。


「一応、強盗犯として手配は出しておりますが。金品強奪というよりは私物の略取ですし、護衛以外に怪我人も出ておらず。むしろ自警団と商会が自身の面子のために動いている、といった状況ですね」


「囮になったキンケードが敗北したからか」


「ええ。……正直、私もあれが打ち負けるとは予想外でした」


 三年前に単独でリリアーナの護衛にあてた件からも、カミロがキンケードの実力を信頼していることは伺える。その強さをもってすれば、強盗のひとりくらい難なく捕らえられると思ったのだろう。


「キンケードより強い者は他にいないのか?」


「領内には、そうですね、あと二人といった所でしょうか。ですが双方ともに強盗との一騎打ちなんて興味ありませんから、自警団と商会が音を上げるまでは動くこともないでしょうね」


「そうか。もうトマサから話は行っていると思うが……」


「ええ、伺っております。何やらこちらへ呼びつけていらっしゃるとか。キンケードを動かす分には構いませんよ、いくらでも使ってやってください」


 直接リリアーナが出向かない限りは危害を加えられることもなく、キンケードが捜査に当たるのであれば自警団の仕事の内。彼らの面子が掛かっていると言う以上、領主側からはあまり積極的に動いていないのかもしれない。

 大人の事情だからとまた情報が遮られることを危惧していたが、どうやらこの件に限っては、陰でリリアーナが動く分には見逃してもらえるらしい。


「そういうことなら遠慮なくこき使わせてもらおう。強盗と直接対峙したキンケードの証言も聞いてみたかったんだ。あと、久しぶりに話がしたいと思ってな」


「あれ以来リリアーナ様と顔を合わせる機会もありませんでしたね。……あの通りの性格ですから、街へ下りる際に護衛としてつけたものの、リリアーナ様に対し無礼があってはと心配もいたしましたが。杞憂だった様で何よりです」


「あの時は色々と教えてもらったし、興味深い話をいくつも聞けた、キンケードには感謝している。今は何やら腐ってふやけているらしいが、元気にしているんだろうか」


 腐ってふやけて……と口の中だけで繰り返したカミロは、香茶の残りを傾けながら、リリアーナの向こうを見るように焦点が遠のいた。

 ファラムンドの護衛などで度々顔を合わせてはいるはずだが、一体何を思い返しているのか。空になったカップをテーブルへ置くと、再び膝の間で指を組んだ。


「ご存知の通り、あれは先日強盗に敗北しておりますから。その影響で多少しなびてはいますが、元々丸太のごとき頑丈な男です。リリアーナ様より叱咤のひとつも入れて頂ければ元通りになるでしょう」


「何だかお前は、トマサと同じようなことばかり言うんだな」


「トマサと?」


「あぁいや、大したことではない。わかった、腐ってふやけてしなびているらしいヒゲに、一度活を入れてやるとしよう」


 大きなクッキーが盛られていた皿は半分ほどに減っている。

 淀みなく話しながらだというのに、小皿の周囲へ砕いた粉をまき散らすこともなく、カミロはいつの間にか二枚も平らげていた。リリアーナの小皿には、まだ七つに割った欠片が残っている。

 つい先ほど昼食を終えたばかりだから、小腹を満たせればそれでいい。大きな欠片をひとつつまみ、口へと放り込んだ。


「長話をしてしまいましたね、申し訳ありません。リリアーナ様、お加減はいかがでしょう?」


 口の中をもごもごしながら硬いクッキーと戦っていると、カミロは声のトーンを少し落とし訊ねてきた。

 額と首元へ手をあててみる。熱は変わらないようだが、食事やおいしい間食をとったお陰で幾分元気は取り戻せたようだ。夢見が悪かったせいで朝はずいぶんと消耗させられたけれど、腹もふくれて少し眠くなってきた。


「……うん、まだ熱はあるな。薬を飲んで午後はちゃんと休んでいる。色々と心配をかけてすまなかったな、父上にも大丈夫だと伝えてくれ」


「快復されるまでは大丈夫とも言えません。授業等はしばらく休むと通達もしていますから、どうぞゆっくり養生なさってください」


 そう言ってわずかに頬を緩めたカミロは、タオルで指先を拭うと、外していた手袋を取り出し両手につけた。手首の内側の留め金がぱちりと鳴る。


「長く引き留めてしまったな。もう戻っても大丈夫そうか?」


「ええ、そろそろ頃合いでしょう。……お客人はおそらくリリアーナ様のお部屋へも押し掛けることが予想されます、私が部屋を出たらすぐに寝室でお休みください。なるべく、ベッドからは出ませんように。お休み中とあれば無理に室内へ入ることはないでしょうから」


「お、おう……そうか、わかった」


 領主であるファラムンドにも、侍従長のカミロにも制御がしきれないとは、一体どんな客なのだ。さすがに口元がひきつる。


「お茶とクッキーをごちそうさまでした」


「うん。お前とゆっくりお茶を飲みながら話すのも久しぶりだったな。またそのうち、時間があれば雑談にでも付き合ってくれ」


「是非またご一緒できれば幸いです。では、失礼いたします」


 そばにかけてあった杖を手に取ると、リリアーナへはそのままにと反対の手でジェスチャーをしてカミロはソファを立った。

 歩行に杖を必要としていても、真っ直ぐに伸びた背筋と歩幅は以前と何ら変わりない。凛と歩く様を見るたびに、胸に焼き付いた疼痛が慰撫される。

 いつかもっと力をつけることができたら、インベントリから有用な物を引き出すことができたら。……その時こそ、不完全な修復となってしまったカミロの足を元通りに治すことができれば良いのだが。


 トマサが扉を開け、その前でこちらに深く一礼してから部屋を出ていく姿をソファへ座ったままで見送った。



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[一言] キンケードより強い二人って...。侍従長と領主様?
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