魔王城接待
セトの言葉はエルシオンたちにも伝わっていたのだろう、警戒は緩めないままその場で男たちに向き直る。ふたつの人影が所々に生える葦を抜け、遠目に顔を認識できる程度まで近づいたあたりでエルシオンが思い出したように声を上げた。
「あ、片方は知ってるひとだ。名前なんだっけな、金歌ちゃんの弟クンだよあれ」
<……銀加か?>
「そうそう。たまにここへ寄った時はお世話になっててさ、今はちょっとしたお偉いサンなんだよ」
そう言われてみれば確かに昔の面影がある……いや、深い色合いの銀髪に白が混じって顔にしわが刻まれた以外、あの頃とほとんど変わらない。伴侶となったウーゼは老齢を迎えることが叶わなかったけれど、銀加のほうは今なお元気そうで何よりだ。
姉の金歌ともに長命の鉄鬼族にしては老いを早く感じるのは、やはり混血であることが影響しているのだろうか。
一方、連れの若者は初めて見る顔だ。土色の髪に銀加よりひと回り大きな体躯、頭部には短いツノが二本。顔立ちや目つきの悪さが八朔とよく似ている。その表情はいかにも険しく、こちらに明らかな敵意を向けているのがわかる。
隣を歩く若者の様子に気付いているのかどうなのか、銀加は昔のままの柔和な表情でこちらへ大きく手を振って見せた。
「どうも、お待たせしたでしょうか。出迎えが遅れましてすいません~」
「出迎え?」
わずかな訛りが残る銀加の言葉に、エルシオンとキンケードが顔を見合わせる。片方が指さすと相手が手を横に振る、という無言のしぐさを互いに交わし、どちらも心当たりがないという顔を返すと銀加は顔中のしわをくしゃりと深めて愉快そうに笑う。
「姉から連絡は受けとります。エルシオンさんと大事なお客さんが城に来るから、失礼のないようしっかり案内するようにって」
「あー、そういうことかぁ。なるほど、大事なお客さんね、ウン、そうなんだよ。こちらがイバニェスから来たキンケードさん、人相悪いけど中身は案外まともなんだよ」
「コレの言うことは気にしないで頂きたい。イバニェス領主ファラムンドの命により特使として参った、自警団取締役のキンケードという。よろしく頼む。そちらは銀加殿と……八朔によく似ておられるが、もしやご家族か?」
剣呑な雰囲気を漂わせていた若者は、突然話を振られたことに驚いたのか、目を丸くするとどこか気まずそうにうなずいてから顔を横にそむけた。
「ははは、どうかお気を悪くせんでください、こっちにはあなたのようにちゃんと挨拶できるヒトいないから、照れてるんです。お気づきの通り、これは八朔の兄で揚葉といいます。今日はどーしてもついて来て挨拶したいって言うもんだから」
「挨拶なんかじゃね! あの赤毛のクソヤローがいんのに、銀加じいだけ行かせられんだろ、何されるかわからん!」
揚葉は太い眉をぎりぎりとつり上げてエルシオンを睨みつけから、キンケードの方を向いて口元をうねらせる。そしてか細い声で「揚葉といいます、ようこそ」と呟く人見知りした様子を見るに、どうも照れているというのは本当のようだ。
八朔の兄ということは、彼も銀加とウーゼの孫にあたるのか。自分の記憶では、その母の稲穂ですら両手に収まるような小さな赤子だったのに。過ぎた年月や、子どもたちの成長にどこかこそばゆいような感慨が湧いてくる。
「そうか、八朔の兄か、どうりで面立ちが良く似ている。彼がイバニェスの自警団で頑張っている様子も後でお伝えしたい。ところで、銀加殿は魔王城で立場のある方だと聞いたが、ここの代表ということでよろしいか?」
「代表なんて偉そうなもんじゃないですが、あまり文官業が得意な者もおりませんので。ははは、かつてデスタリオラ様も頭を悩ませていた問題なんですよ、この手の資質が育ちにくいのはキヴィランタの課題ですなぁ」
「どこも人材不足が頭痛の種なのは変わらないようだ。では預かってきた書簡もお渡しせねばならんし、城内へ立ち入ってもよろしいか?」
「ええ、もちろん。せっかく用意した応接間もほとんど使われないんで、お客さんは大歓迎です。城の中も案内しますからゆっくり見てってください」
目尻のしわを深め、嬉しそうにそう返した銀加は正門の方向へとキンケードたちを促す。
今回の目的地である回廊は城の奥にあるため、ここから正門まで戻るとかなりの遠回りになるが、せっかく案内してくれると言うのだから断ることもない。初めて訪れるキンケードに見物させてやりたいという気持ちもあるし、自身でも様変わりした魔王城の様子を見てみたかった。
念話を通しエルシオンに諾を伝えると、暇そうに突っ立っていた男はすぐさま人好きのする笑顔に切り替え、横から銀加の両手を握りしめる。
「そんじゃお言葉に甘えて! 案内ヨロシクね!」
馴れ馴れしく接するエルシオンに揚葉はまなじりを吊り上げ、銀加のほうは気にした風もなく「こちらこそ」と柔和な笑みで返した。
銀加と揚葉の案内で、まずは応接間として使っているというそこそこの広さがある部屋に通された。以前は空き部屋だった場所だが、対面のソファやテーブルなどこざっぱりした調度品を揃え、客人を迎え入れるための形は整えたようだ。
だが銀加の言う通りあまり利用された形跡はなく、透視した棚の中身もほとんどが空っぽ。そもそも魔王城を訪れる客なんているのだろうか、今はもうサルメンハーラたちのような商団の行き来もないのに。
銀加と揚葉のふたりは、お茶の支度をしてくると言って部屋を出たまましばらく戻らないが、おそらく給湯設備が近くにないのだ。部屋の扉をゆっくり閉めたあと、慌てた様子で居住区画のほうへ走っていったのを自分だけが視ていた。しっかり者のように見えてどこか抜けているのも、あの頃と変わらない。
設えられたソファにはキンケードが腰かけ、隣でエルシオンが背もたれに上半身を預けてだらりとしている。その反対側にセトが陣取り、猫のように丸くなって寝ていた。
<昔から城のこちら側は空き部屋ばかりで、住居を造らなかったんだ。東側のほうが日当たりも良いし、わたしが居室にしていた塔も近かったから。……それにしても、周囲に気配を感じないな。今は誰も住んでいないのかもしれん>
「城下町があれだけ整ってたら、わざわざココに住む必要も感じないんじゃない? お城の主もいないわけだし」
「あぁ。ふたりの様子を見る限りじゃ、新しい王様がいるって風でもなかったしな。例の噂についての真偽を確かめることも、今回オレがついてきた目的のひとつなんだが」
──新生『魔王』。
この魔王城を中心とした旧魔王デスタリオラを信奉する者たちと、それに対抗するようにして結束しだした反魔王勢力の衝突。
サルメンハーラで聞いた情報によれば、反魔王側には新たな『魔王』が立ったらしいが、烏合の衆の旗印とするために彼らが流したハッタリだろう、というのがイバニェス家の見解だった。エルシオンの読みも一致しているらしく、まるで気にした様子がない。曰く、「オレが『勇者』の権能を持ったままでいるのがその証拠」とのこと。
確かに、キヴィランタに新たな『魔王』が発生したのなら、ひとつ前の世代の『勇者』であるエルシオンが未だその権能を所持しているはずがなかった。必ず『魔王』と『勇者』は一世代に一組、これまでの記録に例外はない。
(過去になかったからと言って、これからも絶対にないと断ずるのは早計に過ぎると思うが。まぁ、エルシオンの言う通り、次の世代が生じているなら権能も移っているはずだ)
奴は収蔵空間を便利に使いながらも、ある日突然、次の誰かへ移るかもしれない可能性を危惧している。経過年数だけを見れば、もういつ次世代が生まれてもおかしくはない。
今回の反勢力が掲げる『新生魔王』はブラフだとしても、現地で情報を得るための取っ掛かりとしてこれはまたとない機会と言えた。
こうして聖王国側の領からキヴィランタへ正式な特使が訪れるなんてことは、聖王国の開闢以来前代未聞の出来事。八朔の件でいささかの不和は生じたものの、ファラムンドの講じた策により罪科は帳消しとなっている。金歌の態度から見ても彼らはイバニェス領を悪く思ってはいないようだし、関係の修復が叶った今、銀加ならきっと反勢力の件も包み隠さず教えてくれるだろう。
ちょっと地味なとこ続いてるんだけど、感想とかレビューとか☆評価とかしてもらえると
モチベメーターとMPが回復するのでどうぞよろしくです。




