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シン・マオウジョウ


 今回の旅には色々な目的を含んでいるけれど、別段急ぐ用もなし。初めて空を飛ぶキンケードに上空からの風景を楽しんでもらうため、セトには少しゆっくりめに飛んでもらっている。

 去年、エトの叫びを聞きつけて恐慌状態になった際には相当慌てたそうだから、翼竜の異様な飛び方を見た者たちもさぞ驚いたことだろう。大きな白竜の姿は遠方からでも目に付くし、こうしていつも通りに飛んでいる姿をあえて見せることで、何事もなかったと周知する思惑もあった。

 景色を堪能しながらの長閑な空の旅ではあるが、それでも陸路を進むよりはずっと速い。いくらか会話を交わすうちに、やがて生前の住処である魔王城が視認できる距離まで近づいてきた。

 雲も霧もない晴天、荒野の起伏を越えた先には広大な平地が広がる。


「な、なんだありゃ? ぜんぶ街……なのか?」


「いやー、来るたびに大きくなってるのは知ってたけど、空から見ると壮観だねぇ」


<……>


 両手をついたまま身を乗り出すキンケードと、額に手をかざして笑いながら前方を眺めるエルシオン。一方の自分はと言えば、あまりの光景に絶句し言葉も出なかった。


 陽光を反射して輝く湖、そこから流れる雄大な河といくつもの支流。網目のように巡らされた道が白く見えるのは、おそらく舗装されているのだろう。

 それらを中心に広がる無数の建築物群。いくつかの区画によって色彩が異なっているのは、建築の様式や建材が異なるためだ。地人族(ホービン)が使う赤煉瓦に、人狼族(ワーウルフ)たちの好む木材、鉄鬼族の住む頑丈な岩造りの建物。

 巨大な集落の外周部も何色かに塗り分けられているが、あれはおそらく農耕地だ。舗装路は西の森まで続き、木精族たちの住まう鬱蒼とした森林も今は手が入ってるようで様相が変わっている。小屋がいくつかあるし、植樹の様子からして果樹園になっているのかもしれない。

 こうして空から見下ろすことで、一帯の計算され尽した区分けや道路網の見事さがよく分かる。

 まだ遠すぎて道行く者たちの姿は視認できないけれど、街の規模から見て住民の総数は十万を超えていると思われる。


「オレは空からの景色なんざ初めてだが、もしかしてあの城下町、コンティエラよりずっと大きいんじゃねーか?」


「そうだねぇ、なんなら王都より立派なもんだよ。あそこは無計画な増築を繰り返して外周部がめちゃくちゃだし、道も中心部しか整えられてないから。……ここに来るたびに、街の理想形を見せつけられてる気持ちになるんだ」


 そう言うエルシオンは真っ直ぐに街の中心部、小高い丘に建つ魔王城を指さす。


「あのお城だけは昔のままでしょ? 中の間取りや廊下もそう変わってないから、例の回廊まで行くのも迷わずに済むはずだよ」


<それは、有難いことだが、いや、しかし……これは……>


 エルシオンの言葉通り、一変した城下町とは違い魔王城だけはかつての原型を留めていた。あの時の戦いで破壊された──破壊してしまった部分も修繕がされてすっかり元通り、堅牢かつ重厚なシルエットを取り戻している。

 だが、遠目に映る印象がだいぶ違う。表面の石材を丁寧に磨きでもしたのだろうか、城全体が白竜の鱗のような艶を放ち、全ての窓にはガラスが嵌め込まれ一片の綻びもない。特に自分の居室があった尖塔などは、真珠で出来ているのかと疑うほど光り輝いている。

 ぴかぴかに、目映く、荘厳で、……決して悪くはないのだが、なんとなく、『魔王城』のイメージから遥か遠ざかっているような気がしないでもない。


<まぁ……うん、あれだな。皆が、より豊かに暮らせているようで、何よりだ……>


「お前さんのその反応だけで、どんだけ昔と様変わりしてるか察せるっつーもんだな……」


 つい驚きが先行してしまったけれど、ずっとキヴィランタに住まう者たちの発展と安全を望んでいたのだから、これはむしろ喜ぶべきことだろう。決して見ることが叶わないと思っていた、自分がいなくなった後のキヴィランタを、こうして見ることができたのだから。

 生前、自分が成してきたことは無駄ではなかったと、街の成長や実感を噛みしめるべきところだ。

 街が近づくにつれ、少しずつ道行く影も見えるようになってくる。大通りは冬支度に賑わうコンティエラのように行き来が活発だ。

 長い年月が過ぎたけれど、かつての臣下でまだ存命の者たちはどれだけいるだろう。ついそんなことを考えてしまい、つられて湧いてくる再会への欲を振り払った。





 エルシオンが出す指示を自分経由でセトに伝え、城の向こう側に広がる湖のかたわら、物置らしい丸太小屋の陰へ降り立った。

 このあたりはかつて訓練や収蔵空間(インベントリ)の整頓に使った砂地が広がり、テルバハルムから水源を持ってくるため永続の転移構成陣を置いた場所でもある。数十年経ったとはいえ、水は絶えず川に流れ出ているし、ここまで大きな湖になるほどの水量はなかったはず。地震などで地下水脈に変動でもあったのだろうか。

 水が豊富になったことで、荒れ地だった一帯も緑に包まれている。暑い季節になればもっと生い茂る様を見ることができただろう。外周に広がる農耕地の様子も気になるけれど、今はもっと優先すべきことがある。


「さてと。軽い迷彩はかけたけど、目敏いヤツにはここに降りたことが見えてるだろうから、早めに移動しよっか。この白竜とオレと外の人間が一緒にいるの見られると、たぶん面倒なことになるでしょ?」


<そうだな。森の端には物見櫓があるし、そこからも何らかの連絡が来ているはずだ。忍び込むなら早い方がいい。夜を待ったところで気配や匂いに鋭い連中もいるからな……>


「自分のおうちに忍び込むなんて初めてだろうけど、どっか良い抜け道とかない?」


<以前と造りが同じなら、城の外壁を抜けられるのは正面の門だけだ。裏手からこっそり行くなら飛び越えるしかない>


 それなら風の障壁を張って匂いを遮断しながら慎重に行くか、スピード勝負で魔法を使って一気に回廊まで向かうか。どちらかになるとエルシオンが唸る一方で、小さくなったセトを肩に乗せたキンケードが首をかしげる。


「あの蟻たちの巣があるなら、こっちにも地下道を掘ってるんだろ? 城からの緊急脱出路とか、そーいうのは造ってないのか?」


<地下には水路を張り巡らせてあるが、脱出路はないな。そもそも『勇者』を正面から迎え入れて雌雄を決するための城だ、建築時に脱出が想定されていない>


 だからこそ、なるべく早く『勇者』の訪れを知るために森の端には物見櫓を作り、絶えず交替で見張りをさせていた。城に住まう者たちを安全に外へ逃がすための時間が必要だったから。

 この城に住みついてからずっと補修や改築をしていたのに、そういえば自分にも脱出路という発想がなかったなと今になって思う。


「まぁそんなわけで慎重案と速決案、それともうひとつ、この白竜に乗って回廊のそばまで空から突撃するっていう特攻案もあるけど、どうする?」


<障壁を張っても、警備の者が魔法で探知網を広げていれば引っかかる。ここは発見される危険を冒してでも素早く忍び込む方を……、む? 待て、誰かこちらに来るぞ>


 気をつけていたつもりが、つい思考が散漫になっていた。急ぐ様子もない足取りで、何者かが真っ直ぐこちらへ向かって歩いてくるのを感じ取る。

 姿形からして成人男性二名のようだ、もし警備担当が様子を見に来たのだとしたら、ひとまず小屋の中へ身を隠すか、それとも眠らせてやり過ごすか。方向と身なりを伝え、エルシオンがどう出るつもりか様子を伺う。

 足よりも手が先に動いたから、またベンドナの花粉を使う気だろうか。対処を任せるつもりで黙っていると、キンケードの上でセトが首をうねらせながら、『だいじょうぶよ』と笑いを含む言葉を伝えてきた。



1日よ、48時間にな~れ~~~……

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[良い点] ノイシュバンシュタイン城?
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