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報いのアントコロニー②


 そのまま半日ほど地下道を進み、位置的に森の半ばへ差しかかった辺りで休息を取ることになった。

 体力には自信があると言うキンケードとエルシオンも、狭い通路を歩き通しでさすがに疲弊したらしく、それぞれ手近な岩や突起に腰かけて深く息をつく。深い地中とは思えないほど空気は清涼だが、やはり閉塞感は否めない。

 ここまで思考武装具インテリジェンスアーマの力を使ってずっと位置測定をしていたが、辿っている経路は緩くカーブを描いている程度で、聞いたほどの迂回ではないように思える。このペースなら睡眠時間をゆっくり取っても、明日中には森を抜けられそうだ。

 一息ついたエルシオンは自分の収蔵空間(インベントリ)から街の屋台で買い込んだ食料や飲料の入ったポットなどを次々に取り出し、半分を向かいへ投げ渡す。隠し立てする相手もいないから遠慮が消えたようで、広げた両手の中にポコポコと湧いて出る。

 まるで手品でも見ているような顔でそれらの品を受け取ったキンケードは、調理したての湯気をたてる包みを開けて苦笑いを浮かべた。


「出発の前に、糧食の用意は要らねぇって言われた意味はわかったが……、これに慣れるとダメになりそうだな。この件が済んだらスッパリ忘れねーと、お前の顔が便利な道具袋に見えちまいそうだぜ」


「いい心がけだね、そう思えるような人は大丈夫だよ」


 そう言ってエルシオンがかぶりつく包みの中身は、小麦粉を練って少し焦げるくらい焼いた生地に、刻んだ肉や野菜を炒めたような具材がこれでもかと挟まれている。色の濃いタレがたっぷり塗ってあり、匂いまでは感じ取れないが、とても、とてもうまそうだった。

 男は指の間を垂れた調味料を舐めとり、カップへ注いだ飲料を喉を鳴らしながら呷ると「ぷは~、イバニェスもサルメンハーラも、飯がうまくて良いよねぇ。何食べてもハズレがないもん」とご満悦の表情を浮かべた。にくらしい。


「魔物の素材が獲れるって先入観のせいかね、どうもゲテモノ料理ばっかだと思い込んでたんだが。サルメンハーラの食いモンもなかなかいけるよな。町にいるミミやツノのついた連中も同じモン食ってんだろ?」


「種族によって苦手な調味料とかの差はあるらしいけど、だいたい同じような食事をしてるっぽいよ。むかし魔王城でしばらく厄介になったときもフツ~の料理が出てきたし。まぁ、舌や消化器のつくりが似てるなら、食べ物も似ていて当然じゃない?」


 そう言いながら向ける視線の先では、大黒蟻(オルミガンデ)の青年が岩の間に生えているキノコを食べていた。

 半透明でなだらかな形状をしたそれは、前に大黒蟻(オルミガンデ)たちの巣の中で見たことがある。用途ごとの小部屋を持った広い巣の一角に、食糧用として彼らが栽培していたキノコだ。地中でも問題なく育ち栄養価が高いと言うから、長く掘り進むときは休憩地点にも植えておけば良いと、ワウ=トライテに助言したのを思い出す。

 ちなみに、蟻以外が食べると激しく腹を下すらしい。料理に興味を持ち始めた頃のアリアがスープの具材にこれを入れてしまい、ウーゼとウーゴの口に入る前に止めることはできたが、人狼族(ワーウルフ)の男たちが数名犠牲になった。

 懐かしい記憶の数々は、不思議とリリアーナでいた頃よりも鮮明に思い返すことができる。情景の再生が容易い。淡い色の髪がなびき、軽やかな笑い声が聴こえてくるかのようだ。

 そんなことを考えていると、こちらの視線を感じでもしたのか、不意に大黒蟻(オルミガンデ)の青年がこちらを振り返った。


<もう少し進めば、横になって寝られる場所がある。そこで、睡眠を取ると、良いだろう>


「おぉ、そんな所まであんのか、助かるぜ。サルメンハーラにいる道具屋の小せぇ奴とか、狼の女や子どもまであの森を越えて来たのかと思ってたが、まさか地下道を掘るとはなぁ。考えたもんだ」


「ん、オレもまさか地下道が通じてるとは思わなかった。これだけ道幅があれば十分に物資を運ぶこともできるし、サルメンハーラが急に発展したのはコレのせいだったんだねぇ」


 決して広いとは言えないが、ポポの店にあった丸太を運ぶくらいは大黒蟻(オルミガンデ)たちならわけもないだろう。体力のない者も彼らの背に乗せてもらえば、森の中を移動するよりずっと安全に渡ることができる。

 それにしても、空を飛んで越えることができないベチヂゴの森を、地中を掘って越えるなんて良くやり遂げたものだ。この蟻の青年は容易いなんて言ってみせたが、この深さと他種族も通れる穴の広さは並大抵のことではない。平均的な大黒蟻(オルミガンデ)の労働力からざっと計算しても十年以上かかったはず。

 デスタリオラの生前にキヴィランタ内での地下道建造を指揮してはいたが、それは利用価値のある資源の発掘するのと、徒歩での移動が難しい南北を繋ぐための単純な地下通路だった。

 それがまさか、ベチヂゴの森の向こうまで伸ばされるなんて思いもしない。

 今のアルトの目なら、サルメンハーラの町中に張り巡らされた地下道がわかる。初めて訪れた時にも、町の手前でアルトが大黒蟻(オルミガンデ)の巣らしき地下道があると言っていた。


(セトの襲撃時に、カミロが避難を指示したとかいう地下室も、大黒蟻(オルミガンデ)が掘ったのかもしれないな……。壁の建造に並行して、備えているのか)


 キヴィランタでは今、旧魔王派と反魔王派に分かれての反目が続いていると聞く。あんな長大な防壁を建造したり、いくつもの地下室を造って備えるほど事態が逼迫しているのだとしたら、この通路の存在事態がまずいのではないだろうか。

 何度も聖王国と魔王領を行き来していたらしいエルシオンも知らなったほどの機密事項だとしても、こうして利用が続いている以上、どこから漏れるかわからない。


<疑うようなことを訊ねてすまないが、この通路を使ってサルメンハーラに渡った者はみな、この地下道の存在を知っているわけだろう? もしそれが他者に知られたら危ないのではないか?>


 食事を終えて触覚の毛づくろい……のような動作をしている大黒蟻(オルミガンデ)へそう言葉をかけると、カップを傾けるエルシオンの相槌が割り込んできた。


「あー、それそれ、オレも思ってたんだ。どっちからも突破が困難だからこそ、森がキヴィランタ(あっち)聖王国(こっち)を遮る壁の役割をしてたのに。こんなにすいすい移動できちゃうことが知られたら大変だよ、最近はなんか反魔王派だとかいうのも湧いてるらしいし」


 同様に、ヒトの側に知られた場合も危険だ。ベチヂゴの森を越えられるのは『勇者』ほどの実力者一行でなければ不可能とされてきた大前提が崩れてしまう。

 これだけの道幅があれば数で押すことも可能だし、もし兵を率いて攻め入るような愚か者が現れたとしたら、あえて道程半ばまで誘い込んでから水攻めか、それとも通気口を塞いで煙で燻すか──、そんな嫌な想像をしかけて思考を打ち切った。


<心配は不要。この道は、じきに埋める>


「えっ? なんでだよ、まだ町と森向こうを行き来する奴だっているだろ?」


 驚きと疑問。咄嗟の声が出ない自分に代わり、キンケードが言葉にしてくれる。

 黒蟻は答えを待つ面々順に見るように頭を巡らせると、どういう感情の発露か、触覚をぴんと立てた。


<はじめから、そういう約定、だ。用を為したら埋める、それまでは通行しても良いと、魔王城に残った者たちと、我らの女王が、取り決めをした>


「用を為したら? その言い方だと、サルメンハーラの町のために掘ったんじゃないってことか?」


<その通り。すべては、亡き『魔王』デスタリオラのため>


「は?」


 キンケードとエルシオンどちらの声だろう、もしかしたら自分が発した音かもしれない。セトだけが何でもないことのように、硬い肩の上でくつろいでいた。


<偉大なる『魔王』デスタリオラ。彼のおかげで、一族は危険から逃れるすべを身に着け、他の種族とも協力しあって、これまでになく殖えることができた。もう他の巣からの襲撃に怯えず、飢えることもなく、暮らしていける。私のように欠けがあっても、生きていられる余裕が持てた>


 そう言って、青年は第一関節までしかない真ん中の左脚を軽く揺らす。


<我らは、共感で繋がっている。長命の種ではないが、交代しても、知識や経験は受け継がれる。……だから、知らなくても知っている。女王ワウ=トライテを始め、一族みな、今も感謝している>


「城のみんなが魔王サマダイスキ~なのはオレも良く知ってるけどさ、それがこの道を塞ぐことと何の関係があるのさ?」


<返礼。この道が、いつの日か礼になる、という女王の意志。だから掘った。理由は知らない>


<…………>


 現に今こうして、この上なく自分の役に立っている。礼を言う立場はこちらのほうだ。

 だが、なぜワウ=トライテはキヴィランタと聖王国を繋ぐ秘密の地下道の建造が、いつかデスタリオラへの返礼になるなんて考えたのか。一度死んでヒトとして生き返ることを彼女も知っていたのだろうか、それとも──


<そなた、金歌からどこまで聞いている?>


<何も。知るつもりもない。仮に、私が何かを知れば、共感で皆にも伝わってしまう、……何も聞かないほうが、互いのために、良いだろう>


<そうか……。いや、いいんだ。道案内、感謝する>


<ただ報いることができたという、私の達成感と喜びを、分かち合えれば十分。では、そろそろ進もうか>


 黒光りする背を眺めながら、それ以上かける言葉は見つからなかった。

 魔王城に腰を据えたばかりで方々を歩き回っていた中、大黒蟻(オルミガンデ)を早い段階で引き入れたのは、大群を手に入れることで一気に臣下を増やすことができるという個人的な理由と、地下開拓を容易にするためというとても利己的な動機によるものだ。

 決して、そんな何代も、何十年もの労力を割いてまで返礼をするようなことじゃない。

 共存し、協力しあい、それにより相互に利をもたらしたはずだ。

 統治は『魔王』としての務めであり、臣下たちは各々よく働いた。得たものを糧とし平穏に暮らすよう、決して情を引きずることのないようにと、『勇者』一行を迎え討つことになったあの日、城でもよく説いたはずなのに。


 セト、黒鐘、金歌、人狼族(ワーウルフ)大黒蟻(オルミガンデ)……

 鮮明に浮かぶ懐かしい顔ぶれ、かつて懇意にしていた彼らが、数十年の時を経ても未だにデスタリオラを忘れず、それぞれの形で想ってくれていることを知った。

 それを素直に嬉しいと思う気持ちと、決して喜ばしいことではないと危ぶむ気持ちの狭間に、球体の中で無形の感情が揺らめき続けていた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] サルメンハーラに移住した地人族や人狼族は、サルメンハーラに永住する覚悟で移住したってことですか?
[良い点] 食べ物の恨みはおそろしい♪ [一言] 色々片付いたらグルメ旅とかいいですね。
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