彼と彼女の密会 と、
大広間でのパーティが終わり、各地から訪れた来賓もそれぞれの宿や部屋へと引き上げたサーレンバー領主邸は、警備用に灯された一部を除き次第に明りが落とされていった。
残っているのは夜更かしを愉しむ部屋から漏れるいくつかの光と、片付けや翌日の準備で使用人らの行き交う本棟の一階、それから人目を忍ぶように、領主家の居住階にもひとつの明りが残る。
ブエナペントゥラたちの使う私室からは少し離れた場所にある、吹き抜けの廊下からせり出したテラス。そこに据えられた歓談用のテーブルに小さなランプが灯り、少年と少女の白いかんばせを照らしていた。
「あんたなら、夜更かしは肌荒れの元だとか自分から言い出しそうなものだけど」
「僕だってそんなのわかってるさ、この顔に吹き出物でもできたら一大事だ。でも、お互い大きな催しのあとに早寝できるタイプでもないじゃん?」
木製のテーブルには精白石で稼働するランプのみが載り、香茶などの用意はない。元より、訪れたレオカディオも迎え入れたクストディアにも、そう長く夜更けの雑談に興じるつもりはなかった。
気だるげに椅子へ腰かける少女を横目に、レオカディオはテラスの柵へ背中を預けながら後ろ手に肘をつく。
自らの役目だと理解し慣れていようと、噂好きな暇人たちの相手をするのはそれなりに疲れた。真上に目を向ければ、薄曇りの夜空には砂粒のような星たちが瞬いている。どんな満天の輝きよりも、山ほどの宝石を散りばめた貴婦人たちよりも、今宵のリリアーナの方が贔屓目抜きにずっと美しかった。
「はぁ……、疲れるほど寝つきが悪くなる体質も参るよね。かといってこういう場でお酒なんか飲むと悪酔いするし」
「どうせその舌を酷使しすぎて適当な飲料ばかり流し込んだんでしょう。溺れる夢を見る前にさっさと排出して、薬湯でも飲んでおきなさい。うちの屋敷への出入禁止を言い渡されたくなければね」
「排出って……全然ぼかせてないよ、ご令嬢が寝小便なんて言っちゃダメでしょ」
「言ってないわよっ!」
テーブルを叩く音が思いの外大きく響いてしまい、クストディアはそれ以上の文句を飲み込んで唇を一直線に結んだ。
「君の方こそ、久し振りにリリアーナとの話が弾んでおかわりを重ねたんじゃないの。茶菓子を出してやるともりもり食べて飲むから、ついこっちまでつられるんだよね」
「わかってるなら矯正しなさいよ。新しい菓子を開けるたび冬ごもり前のリスみたいに頬張ってたわ、あの子」
久し振りに持つことのできた心安らぐ時間、年下の友人とのささやかなティータイムを思い出したクストディアの表情がわずかに綻ぶ。あえてそれに気づかないふりをしながら、レオカディオは芝居がかった仕草で首をかしげて見せた。
「それで、頼んでた件はどうだった? 君から見て、リリアーナは前と変わらない?」
「別に引き受けるなんて一言も言ってないし、普段一緒に生活してるあんたに判別つかないことが一時の会話でわかるわけないじゃないの。馬鹿じゃないの。余計な邪魔も入ったし、今日のところはまだ大した話はできなかったわ」
「邪魔って? 会場を出て行くときはふたりだけだったでしょ?」
「……」
微妙に目が泳ぐ素振りは、ごまかしの言葉を探す思考の間だ。そこは見逃さないレオカディオが柵に手をついたまま身を乗り出す。
「なに、誰? 君が同席を許すなんてよっぽどの相手だよね、僕の知ってるひと? 知らないひと? まさか君ともあろう者が男と引きあわせたりは……」
「うっさい、ねちっこい! この私が、一体どんな見返りでそんな下らないことに加担すると言うのよ? ……、まぁ、その懸念もあながち的外れって訳ではないけれど」
「え? 何、まさかほんとに?」
冗談半分で言ったことを肯定されるとは思わず、レオカディオは外装のはげた驚きを浮かべる。その驚愕っぷりを見られたことで溜飲が下がったのか、眉間のしわを消したクストディアは肩をすくめて余裕の笑みを返した。
「あんたも、似合いもしない兄馬鹿やってないで、あの子が自分で選んだ相手を連れてきたら味方になってやるくらいの甲斐性を見せなさいよ。あれは結構、面白い組み合わせだと思うわよ?」
「あれって何、誰、どこ家の男だよ、今日の招待客なら全員行動を把握できているし、あの時間帯に僕の注意外にいた人物となると従者や護衛か? いやまさかな、リリアーナの好みは教養のある人間だもん、その線は有り得ない。となると招待状の宛先に記載のない連れかブエナおじいさんの許可した飛び入り客、でもそんな人間が来たらこの僕が見逃すはずないし、となると逆に立場が上か。あのホールにすら足を踏み入れないような。誰だろう、普段だって外出も手紙も全部把握してるはずなのに、いつの間にそんな相手を……」
真顔のままぶつぶつと呟く少年にクストディアは心底引きながらも、瞬時の推察がほぼ的中していることに空恐ろしさを覚える。対人関係や人間観察においては、本当に類まれな能力を持っている。できる限り自分には関係のないところで発揮してもらいたいものだ。
「っていうかさ。てっきりリリアーナは、カミロが良いんだと思ってた」
あんまり考える時間を与えると、聖堂に残ったことになっている若き大祭祀長まで辿り着きかねない。そろそろ中断させるべきか──と思っていたところへ思考の埒外な言葉が耳に入り、クストディアの反応が一瞬遅れる。
「……は? え、カミロって、あんたのとこの侍従の眼鏡男でしょう? なんでそこであの男の名前が……。たしか先代の隠し子だとかって噂があったけど、でも曾祖父の妾腹の子なら近親とは言えないから……アリなのかしら?」
「アリなわけないでしょ、ナシ! 子どもの頃に身近な年上へ抱く淡い初恋~~とかなんかそういうやつだよ! あ、これはあくまでココだけの話だから余所に漏らしたりしないでね、父上が心労でハゲる」
「しないわよ、見くびらないでちょうだい。あんたこそ自分の妹に対して何なのその態度、ちょっとどころじゃなく気持ち悪いわ。多感な年頃なんだから身内が余計なことするんじゃないわよ」
いつもの表情へ戻ったことに安堵しつつ、同じくいつもの調子で返せば、情けない顔を作ったレオカディオが疲労感も露わにがくりと肩を落とす。
「はぁ……。僕だって余計な手出しするつもりはなかったんだよ。一時は恋愛に興味を持たせようと色々画策したこともあったけど……リリアーナってばその手の感情が全く見えなくて。あれもほんとは、身近にお手本がいれば一番だったんだよね。そういう意味でも、きみと従者の彼には期待してたのになぁ」
リリアーナが早々に自らの意思で結婚をして家を出るよう仕向けたことは、レオカディオの中でそれなりに反省している行いだった。だが、その企みがなくても、もう少しくらい色恋に興味を示してくれても良い年頃ではと思うのだ。
他人を常に観察対象として見てしまう自分にはその手の感情が欠けている分、せめて愛する兄と妹にはふさわしい相手と幸せになってもらいたいと心から願ってやまない。




