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協力者②


 ヒトであるキンケードにとって、魔王領キヴィランタは古い話に聞くだけの異界、一生足を踏み入れることも関わるつもりもなかった未知の地域だ。危険が全くないとは言い切れず、それなりに不安もあることだろう。

 安心させるために、声音の変わらない念話だとわかっていても、なるべく柔らかい口調を意識して言葉を送る。


<キヴィランタへ行けばどうにかなるという話でもないが、このまま聖王国にいても解決の糸口はつかめそうにない。あちらなら長命の種族や旧い書物も残っているし、もしかしたら同じ思考武装具インテリジェンスアーマも見つかるかも、という所だ。協力してくれそうな昔馴染みも、それなりにいるしな>


「ンな状態でも話の通じる相手がいるのは結構なことだ。人徳っつうか、なんとなくわからんでもないがな。サルメンハーラ経由で聞いてるぜ、未だに旧魔王派だの何だのって信奉者がたくさんいるんだろ?」


<その件については……もう『魔王』として関わるつもりがなくても、責任を感じてはいるんだ>


 金歌たちの話では、本当に新たな『魔王』が立ったわけではなく、反発勢力の虚言もしくは『新生魔王』を僭称する何者かがいるようだ。均衡が崩れれば森を越えてこちらまで攻め入る可能性もあると見て、サルメンハーラの防備を再び固めている最中らしい。

 かつて治めていた種族らが、数十年経った今でも自分を慕ってくれているのは素直に嬉しいけれど、このまま本当の『新生魔王』が出た時に受け入れられないようでは困る。自分も彼らを治めるまでにそれなりに苦労をしたから、同じ苦労の原因を作ってしまっては後進に面目が立たない。

 今さら余計な手出しをするつもりはないけれど、サルメンハーラへ行ったら金歌に最近の動向なんかも聞いておこう。


『同じモノを探す前に、あの子には訊かないのかしら?』


 黒髪の上から、首をもたげたセトがこちらを見る。

 何の話かキンケードにはわからなかったようだが、自分にははっきりと意図が伝わる。肩が小さく揺れたエルシオンにも、おそらく同様に。


<ああ……やはりアレここにいるんだな。お前にはわかるのか?>


『ええ、さっき話しかけたら、つれなくされちゃったけど。ケンカでもしたのかしら?』


<あやつは気位が高いからなぁ。持ち主だったわたしは、かつて無様な敗北を見せたせいで失望されたのかもしれんが。それとは別に、次の持ち主とも何かあったのかもしれんな?>


「うっ……」


 そう棘を含んだ念話で返せば、案の定、思い当たる節があるのだろう。様子を伺うようにちらりと頭を上げたエルシオンが露骨に顔を引きつらせる。


 ただでさえ現存する数の少ない老師(エルダー)の遺産。あてもなく探すより、所有者として認められている思考武装具インテリジェンスアーマに協力を求め、解答を得るのが最も確実。

 そう、わかってはいる。

 クストディアがこちらの盗み聞きを察知したときにおかしいと思ったのだ。大精霊がついているノーアならともかく、魔法師でもない彼女に探査の気配なんてわかるはずがない。だが、エルシオンの落とした黄色い宝石が似ているどころではなく本当に『ダンテマルドゥクの鎌』の宝玉で、リリアーナへ語っていたように今はクストディアが所持していて……会話までしているとしたら、それも納得できる。


 解せないのは、あれがデスタリオラの装備品の一部だとわかっていながら、エルシオンはそれを伏せたまま宝石の捜索を依頼したことだ。劇団のチラシに気を取られて落としたという話に嘘はなさそうだが、なぜダンテマルドゥクまで本体から離れた宝玉でいるのか、どうしてエルシオンが持ち歩いていたのか、考えてもわからないことばかり。

 この男は全面的にこちらの味方だと嘯きながら、ダンテマルドゥクのことといい、一度死んだ後に生まれ直すことを知っていた件といい、どうも何かを隠し、それを打ち明けられない理由があるようだ。


<セト。つれない態度というのは、その、怒っている感じだったか?>


『そうねぇ。あの子は、いつも不機嫌そうだったから、違いはわからないけれど』


<今こうして話している様子だって筒抜けのはずなのに、何も言ってこない所を見るに相当含むところがありそうだな……。どうにか弁明をしたいところだが、この状態で対話を求めるのは難しい。せめて元の体を取り戻してから、もう一度会いに来よう>


 やはり最後に黒鎌を手放したことや、自害を選んだことを怒っているだろうか……。

 怒っているだろうな、と思う。強力で古い記録を有する個体だ、できれば協力を得たいところだけれど、再会をする前から降りかかるような念話で叱られる様がありありと浮かぶ。

 いつも居丈高で、機嫌が悪くて、アルトバンデゥスとは仲が良いのか悪いのか何かにつけ文句ばかりで、それなのに構うのはやめず一緒に出すと小言の応酬が止まらなくて。

 そんな他愛のないやり取りが今は無性に懐かしい。


「……ん? 今、なんつった? 元の体?」


 訝し気に問うキンケードの声で我に返る。

 思い出に浸るのは後回し。思考を切り替えて、今後の擦り合わせをしなくては。


<探査などを使えるのは便利でも、このままだと行動や会話に不便が多いからな。キヴィランタへ移動したらまずは肉体を取り戻すことから着手するつもりだ。……おい、キンケードには自分から説明すると言っていなかったか?>


「そーいえばまだ話してなかった気がする。ごめんごめん、ちょっと浮かれちゃってさ。今のままでもオレは全く構わないけど、おいしいものを食べたりお酒飲んだり、あと人と話せないのはキミにとって不便だもんねぇ」


 悪びれもせずそんなことを言うエルシオンへ、キンケードは凶悪以外に表現しようのない形相を向ける。


「大事なことはすぐ報告連絡相談! 基本だ忘れんなボケが! 元つったら……『魔王』デスタリオラだろ? それが生き返るってことか?」


<まだわからん。だが現実に、こうしてわたしの意識はデスタリオラからリリアーナへ、そしてアルトバンデゥスの宝玉へと移動している。可不可も含め、とりあえず生前の死体を用いて試せるだけのことを試すつもりだ。まさか生きているリリアーナで試すわけにもいかんだろう?>


「そりゃあそうだけどよ……つか、デスタリオラっていや、たしか八朔のヤツが変態の『勇者』に死体を盗まれたとかどうとか言ってたぜ?」


<変態は否定しないが、変態的嗜好から死体を持ち去ったという話は誤解なんだ。腐ったり荒らされたりしないよう、こやつが長い年月に渡り保管してくれていたらしい>


 自分の亡骸をエルシオンが持ち去ったと聞いた時は、それなりに気持ちの悪い思いをしたものだが。こうしてデスタリオラの『五体満足な死体』が必要になることも、この男はずっと前から見越していたのかもしれない。

 それも隠し事の内のひとつだと思うとあまり良い気はしないけれど、今は置いておこう。


「今どこにあるんだ、埋めたとか?」


「そんなことしたら土に還っちゃうでしょ。まぁ、保全の面で言えば本当は収蔵空間(インベントリ)の中が一番安全なんだけどね。オレ以外他の誰も手出しできない、腐りも劣化もしない、全身を濡らす鮮血の匂いすらそのままにいつまでも保管しておける……」


「いんべ……? そんな都合良い所があるなら、そこでいいんじゃねぇか?」


「いやー、オレも最初はそう思って入れたこともあったんだけどー、惚れた相手の体を、自分だけが取り出せてさわれていつでも好きな時に好きなようにできるとか考えちゃうと……我がことながら、危ないな? と思って」


<「危ないのはお前の頭だ!」>


 心底引くキンケードと自分の言葉が重なった。


「いや、その他にもちゃんと理由があってね、あの時点ではいつ『勇者』の権能を失うかわからなかったから! しまっといて取り出せなくなったら困るでしょ! そんな、他の誰とも知れないヤツに、キミの遺体をどうこうされるかもなんて考えただけで……」


「そーいうのいいからよ。結局どこに隠したんだ?」


<そういえば、わたしも魔王城に隠したとしか聞いていないな?>


 どうも自分の死後間もなくのことはエルシオンの秘密に抵触するらしく、これまであまり詳細な話は出てこなかった。

 切り倒した樹などと同様に、死体も『物品』として収蔵空間(インベントリ)へ収められることは過去に実験済だ。埋葬されたかと思っていた自分の死体が、物として扱われている点についてはこの際何も言うまい。


「あるでしょ、住民にオープンなあの城の中でも、『魔王』であるキミにしか入れなかった特別な場所が。オレもたまたま見つけてさ、『魔王』か『勇者』しか入れないようになってるみたいだね。なんか引っかかるけど隠し場所にはもってこいだ」


 そう言われて、かつての居城に思い当たるのは一箇所だけ。


<──魔王城の地下書庫か!>




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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女が食べたいものベスト3を聞いてみたいです。
[一言] やっぱり入れていたんかい! すみませんついツッコミが。
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