舞台裏の主役たち①
クストディアの用意した休憩室での会話は途切れることがなく、三杯目のおかわりを注ごうとしたシャムサレムにリリアーナは手をかざしてそれを断った。
ひとつ空になれば次から次へと新しい菓子が開封され、夕食に手をつけられなかった分を補って余りあるほどの量をつまんだ。さすがに腹部の締め付けが苦しくなったのか、リリアーナは両側のリボンを緩めて調整を図る。
サイズは現在の体型にぴったり合うよう縫製されているが、デザインを担当したファラムンドの計らいにより、暑くなればケープ部分の取り外しは容易く、歩き回るなら形を崩すことなく裾を上げられよう工夫が凝らされている。リボン結びによる首回りや腹部の調整もそのうちのひとつ。
それに目を留めたクストディアは、顔を近づけてまじまじとドレスの造りを観察した。
「そのドレスもファラムンドおじさまが作ったと聞いたけれど、本当に多才な方ね……。レースにガラスビーズを縫い付けて、いえ、ただのビーズじゃないわ。虹色に光るのはカットじゃなく素材自体が違うのかしら?」
「あー、うん、実はこれも工房が関わっているから、わたしの口から勝手に漏らすことはできない。気になるようなら父上かレオ兄に訊いてみてくれ」
「宝飾だけじゃなく服飾にまで進出するつもり? 今日のお披露目でそのドレスも注目浴びて、もうとっくに質問責めにあってるでしょうよ、強欲で結構なことね!」
呆れたような口振りでも、クストディアの表情は楽しげだ。あとで次兄のほうを絞ってやると息巻いて腕を組む、その袖口を今度はリリアーナが指さした。
「お前のほうこそ、式が終わってから着替えたドレスはすごいな。その袖口と裾のレースはどう編んでいるのかさっぱりだし、体に沿って足から広がる形は初めて見た。わたしなんかに言われても嬉しくはないかもしれんが、華のあるクストディアによく似合っていてとても美しい」
「……う、嬉しくにゃんてないわよ、誉め言葉も飽きるほど浴びてりゅし?」
クストディアは平静を取り繕いながら、とっくに空になっているカップを持ち上げて傾ける。そのまましばらく止まってから、赤らんだ頬を隠すように顔を背けた。
「私だって勉強に日々を費やすだけの無能じゃないわ。自分でデザインはできなくても、才ある若いのを支援して育てているの。式の衣装は決まりがあるから格式めいた古いやつだけれど、このドレスは支援してる見習いたちに案を出させて、その中から意匠を採用したのよ」
「へぇ、大したものではないか。教育の方面はアダルベルト兄上も熱心なんだ」
「ふふん、先端を往くのはあんたたちだけじゃなくてよ。そのうちサーレンバーの若い才能が古びた流行を駆逐するわ。せいぜい指くわえて見てなさい、美術も服飾もうちの領で作られたものがトップシェアを握り聖王国中を席巻する様をね!」
興奮に鼻息の荒いまま、クストディアの赤い顔はしゃべりながら鼻高々に上を向いていく。
「誰かの作った流行に乗るのではなく、自ら流行りを造り出して、周囲の流れに乗ることしか頭にない愚か者どもを手のひらの上で存分に転がしてやるのよ! フフフ、みっともなく踊りながら湯水のごとく金を落とすがいいわ、富裕層が贅沢品へかける額には上限なんてないものねぇ! アッハハハハ!」
(悪徳の定義は未だよくわからんが、『悪徳令嬢』ならクストディアのほうが余程向いているように思うな……)
高らかに笑い声をあげる少女に微笑ましい顔を向けながら、リリアーナはふと窓の外を気にする。低い位置に上っていた月は角度を変え、室内からはもう見えなくなっている。
「何よ?」
「いや、少し長居をしすぎたかなと。特にお前は今日の主役ではないか。休憩と言って席を外した手前、そろそろ会場へ戻るべきではないだろうか?」
「えっ、いえ……そんなことはないんじゃないかしらっ?」
不自然な動揺を表に出すまいとしながら、ソファから立ち上がりかけたリリアーナの腕を掴み、それを引き止める。
クストディアはさらに何か気を引くものはないかと視線をさまよわせ、シャムサレムに目で訴えかけるも、従騎士は空になった菓子箱を持ったまま首を横に振った。
「ええと、そうそう! もし戻れと催促の呼び出しがなければ、あんたは先に別棟の部屋へ戻って、そのまま休んでしまっても構わないとファラムンドおじさまから言われていたのよ!」
「そういうことなら尚更、ブエナおじいさまや父上へ挨拶をしに戻らねば。前回とは違い、公式な訪問だからこそ礼節に背くことはできまい」
「う、う~~……」
ファラムンドの名を出せば従うと思っていたのだろう、予想外の頑固な反応を見せるリリアーナに、クストディアは次なる言い訳を探して頭を回転させる。
この部屋からは伺い知れぬことだが、大広間のパーティ会場では、今まさにファラムンドによる茶番のフィナーレ、自警団員と王室騎士団が罪人を取り囲んでいる最中だった。
リリアーナの引き離しと足止め役を頼まれているクストディアとしては、一度引き受けた以上はミスのひとつもなく完遂したい。最後の手段として、睡眠薬を忍ばせてある引き出しへと目を向ける。疲れたあとに腹も満ちて寝落ちてしまった、……そういうていで眠らせても構わないと、先んじてレオカディオが手渡したものだ。
「あ、そうだ。ノーアはこのあとどうするんだ、このまま迎えを待つのか? 転移するにも、聖堂からでないと中央へ帰れないんだろう?」
思い出したように元いたソファのほうを振り返るリリアーナの声に、クストディアとシャムサレムも揃って仮眠を取っている少年へ視線を向ける。
横になって休んでいるだけで、少女たちの声は耳に入っていたのだろう。急に話を振られたノーアは億劫そうに上体を持ち上げ、眠たげな目を開いた。
「……僕のことは、別に気にしないで結構。この時間なら、聖堂の周囲も落ち着いている頃だろうし……パーティ会場がはけたら、客がそれぞれの宿へ向かうのに紛れて聖堂へ戻るよ……」
「いつも中央から離れない大祭祀長がこっちへ来るなんて稀だから、式のあとに馬鹿どもから面会や祝福を求められてうるさかったのよ。あのまま聖堂に放置するとろくでもないことになりそうだし、私たちの馬車で一旦こちらへ連れてきたの。……あぁ、そういえば、ちょっとバタバタしてて客室への案内を忘れたわね」
「なるほど、こんな所で休んでいたのはそのせいか」
少し離れたソファで起き上がったノーアはやはり眠たいのだろう、クストディアの言葉に文句のひとつも返さない。背もたれに体を預け、今日の分の体力はもう使い果たしたとばかりにぐったりしている。
「昼間の聖堂から即帰れればこんな面倒はなかったのに、どうも上手くいかなかったんだ。まぁ、精霊なんて気まぐれなのが常だから……」
「そうか。度々こんなことがあるようでは大変だな」
「大変どころじゃないわ。さっきも話に出たけれど、あんたたち、離れた場所と会話ができる魔法も、ずっと遠くへ瞬時に移動できることも、せいぜい厳重に隠し通しなさい。今回は居合わせたのが私だからまだ良かったものの、ばれる相手によっては大ごとになるわよ?」
前回はリリアーナとカミロ以外誰もいない場所に現れ、今回はひと気のない私有地でシャムサレムに発見された。どちらも精霊の気遣いなどではなく、偶然とか幸運が重なり、たまたま騒ぎにならなかっただけなのは明らか。
その事実が嫌というほど分かっているからこそノーアは渋面のまま黙り込み、リリアーナはそれを見て心配そうに眉根をひそめた。




