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ダブル罵倒の一席②


 質素とも思えるような落ち着いた調度、相手の好みに合わせた菓子と茶葉の準備。パーティが始まる前からクストディアはたったひとりのためにこの休憩室を用意していたのだろう。

 後継が決まってからは日々忙しく、今日までろくに休む暇もなかったはず。休憩と称して気心の知れた相手と抜け出し、ゆっくり寛ぎながら話をする機会を持ちたかったのかもしれない。


「大祭祀長様のために用意したものじゃないんだから、文句があるなら食べなくて結構よ。それでも、疲労の回復に多少なりと役立つわ、どうせあれから何も口にしていないのでしょう?」


「お気遣い痛み入るね。ダウンして泊りになるのは勘弁だから、少しだけ戴くよ」


 そう言ってカップを片手に、少年は続けて何粒か砂糖菓子をつまむ。香茶の清涼な香りと温かさ、それと砂糖の助けが効いたのだろう、ずっと顔色の悪かったノーアの頬にも次第に赤みが差してくる。

 食事が必要なら用意させるというクストディアの提案は丁重に断り、カップを空けたノーアは自分のそんな様子をじっと観察していたリリアーナに気づき、胡乱な目を向けた。


「人の食事をじろじろ見るのは、さすがにマナー違反以前の不作法じゃないか?」


「あぁ、すまない。久し振りだなーとか、元気そうで良かったなーとか色々考えていたんだ」


「元気そうも何も……」


 そこで言葉を切り、じっとりと恨みがましい目線を向けてくる少年に対しリリアーナは不思議そうに瞬いて続きを待つ。


「不義理だと責めるつもりはないけれど、あんな対話から全く音沙汰もないのはどうかと思う」


「あんなって?」


「サルメンハーラでの一件だよ。話の途中で切れるし、誰かの作為だったのかどうか聞かされた側が気になるのは当然だろう。通信の魔法だって、解析するとか言ったきりあの後はさっぱり連絡を寄越さない。……結局、あの一件の顛末は、領主会合の際にカミロを捕まえて聞く羽目になった」


「あ、そうか、それもそうだな。忘れていて悪かった、あの後はわたしも色々あって……」


 はっとしたように詫びるリリアーナだったが、その前に身を乗り出したクストディアが「ちょっと」と言ってふたりの話を遮る。


「仲良しな大祭祀長様ともあろう御方が、知らないの? この子、大怪我をした後遺症で記憶障害が残ってるのよ。人にマナーを説くほどの良識をお持ちなら、無闇に事件のことを聞き出そうなんて横暴は控えて頂けるかしら?」


「記憶……障害……?」


「いや、そんなに大袈裟なものじゃないから心配しないでくれ。ただ、いくつか思い出せないような、記憶の穴みたいなものがあって、……ええと、コンティエラで会ったことや、サルメンハーラでの話は覚えてるから大丈夫だぞ?」


 人差し指を立てながら、ノーアとの思い出をひとつずつ確認するように反芻するリリアーナ。だが、その中にもやはり欠落はあったのだろう、言葉を濁して指先をくるくると回し、ごまかすようにカップへ口をつける。


「うん、日常生活には支障もないし、本当に大丈夫なんだ。……あと、通信の魔法な、あれは正確な座標指定が不可欠だから、こちらから連絡をしようにもノーアの居所がハッキリわからないと自力で繋ぐのは難しいんだ」


「通信の魔法? 待ってよ、そんな便利なモノがあるならうちと繋ぎなさい。初耳だわそんな魔法、新規に売り込みをするなら私ほどの適任はいないんじゃなくて?」


 身を乗り出したままだったクストディアは、先ほどよりも力強く、ぐいぐいとリリアーナへ顔を寄せて迫る。その気迫に圧される少女から助けを求める視線を受けたノーアは、嘆息しながら首を横に振った。


「通信や転送の類は、とうの昔に絶えた魔法だ。その解析ができているなんて知れたらどんな影響が出るかわからない。さっきは連絡も寄越さずになんて責めてしまったけれど、今後も安易に使ったり、言いふらしたりしなように」


 そう厳しい口調で釘を刺すノーアだったが、一息置いて「もっとも、君以外に扱える人間がいるとも思えないけど」と独り言のように呟く。声量通り、聞かせるつもりはなかったのかもしれない。だが、その小さな声を拾ったリリアーナは不思議そうに首を傾げる。


「さすがに中央なら、わたしより優れた魔法師がいるのではないか?」


「いや……在野に全くいないとまで言い切れないけれど、君ほどの使い手は聞いたこともない。ここ数十年で急激にレベルが落ちているそうだし、その突出した才はあまり公にしないほうが良いだろう」


「レベルが落ちている? 魔法師自体が減っているのではなく?」


「ああ、素質を持った人間の総数に大した変動はないと思う。となると教導する側の問題なんだろうけど、質の低下をあえて促していると仮定するなら、魔法道具の利権と絡んでいるのかも……。僕の管轄外だからあまり詳しいことは分からないが」


 魔法師の減少については、ノーアに訊ねたい疑問のひとつだった。こんな会話の流れであっさり解消できてしまったのは、何だかズルをしたようで気が引ける。


「どうした?」


「ん……それ、再会したら訊こうと思っていた質問のひとつだったんだ。公平ではないから、もしわたしへ訊きたいことがあるなら何でも答えるぞ?」


「別に、僕からきみに訊ねたいことなんて何もないよ」


 そう素っ気なく返す少年だったが、はたで聞いていたクストディアは意地悪な顔を浮かべてわかりやすく嘲笑する。


「せっかく外野もいないのだし、もっと突っ込んだ個人的なことでも聞き出せばいいじゃない」


「外野の当人が何を言ってるんだ。それと、妙な邪推はやめてくれ。彼女とは一切、全く、これっぽちもそういう関係ではない」


「その割にはずいぶんと親し気じゃないの。情報通は大祭祀長様の専売特許ってわけじゃないのよ、この私が何も掴んでいないとでもお思い?」


「何を知っていると言うんだ、つい先日まで部屋に籠りきりだった目利きだけが取り柄の日陰令嬢が」


「アッハハ、言ってくれるわね、日陰者はおあいこでしょ。……あんた達のことは色々と小耳に挟んでいるわ、一昨年のコンティエラで男に追われながら街中を駆け回ったとか、転移の魔法を使って追い払ったとか?」


 妙に楽しそうなクストディアの流し目を受け、表情を変えないまでもノーアの眉間がこわばる。


「一体、誰からそんな話を……カミロが漏らすとも思えない、君が教えたのか?」


 全く身に覚えがないため、手を横に振って否定を示すリリアーナ。

 その返答を見越していたように足を組み替えたクストディアは、令嬢らしからぬ柄の悪さでソファの背もたれに背中を預ける。仕草で余裕を見せるものの、爛々と輝く目は隠し切れない好奇心でいっぱいだった。


「私にだってそれなりの情報網があるってことよ。言いふらす気もないから安心なさい。それで、結局のとこどうなの、あんた達が親しいなんてファラムンドおじさまでも知らないんでしょう?」


「まぁ、突発的な事情で会ったり話したりしているだけだから……わたしは友人だと思っているが、いつも否定されるし。改めて考えてみると、本当に親しいのか疑問に思えてくるな」


 そんなことを呟くリリアーナに対し、ただ渋面を浮かべるノーアは何も言わず、その顔には「どうでもいい」と書いてあるようだ。余程気になるのか焦れた様子のクストディアとは違い、水を向けられたふたりはその話題に対して興味がないらしい。

 しばし空白の間が訪れる中、リリアーナが何かを思い出したようにぽんと両手を合わせる。


「そういえば、うちの次兄からわたしの婚姻の相手に色々と条件をつけられていてな。曰く、アダルベルト兄上より博識で、レオ兄よりも見目が良くて、カミロより要領が良くて、父上よりも強い人間でないと認めないとか何とか。強さを魔法の才能とすれば、ノーアは条件に当てはまるのではないか?」


「「は???」」


 口を開けてすごい形相で一音を発するクストディアとノーアに向け、実に良い思いつきだとばかりにリリアーナはひとり喜色を浮かべる。


「何か面倒な所から婚約話が来たりと大変らしいから、さっさと決まってしまえば父上も楽になるんじゃないかと思っていたんだ。あ、でも聖堂側と繋がりが強くなるのは力関係的にまずいんだったか?」


「そういう問題じゃ……いや、そういう問題でもあるけど……」


「屋敷を出るのは気が進まないけれど、わたしも知らない相手よりはノーアのほうが良いし。うん、どうだろうノーア、他に先約がないならわたしと婚約しないか?」


 そう真摯に訊ねるリリアーナを前にして、ふたりは揃って頭を抱えた。


「……なぁ、クストディア嬢、さっきまでの威勢の良さはどうしたんだ、その舌鋒でこの世間知らずな脳内お花畑娘をきちんと教育し直してくれないか」


「私は外野だもの、あんたが責任持って矯正しなさいよ。とりあえずこの話がホールにいるおじさまや次兄に知られたら、聖堂へ戻るどころじゃないから覚悟なさい」


「無責任すぎるだろう、こんなろくでもない話題を振ったのは君の方じゃないか!」


「いえ、無理よ無理、まともな令嬢教育を受けていて尚コレなのよ、もう真性の天然物よ、無理よ、たぶん一生このままよ」


 クストディアの背後ではシャムサレムも「助力はできません」というアピールにか、黙って直立のまま目を閉じている。

 そんな三人を目前にすれば、意味まで分からずともさすがに疎外感を覚える。一転して消沈したリリアーナは肩を落として項垂れた。


「また、何だか酷い言われようなんだが……。嫌ならそうと断ってくれればいいのに、さっきから何なんだふたりして。わたしに対する言い様がちょっと辛辣すぎないか?」


「あのね、あんたに対する悪口だったらもっと分かりやすく言ってるわよ。自分の言動のどこに非があったのか、後で考えなさい。ちなみに誰かに訊くのはナシよ、こっちにまで火種が飛んできそうだから」


「火種、ということは君も身に覚えのある話か。もう決まっているなら今日あの場で公表すれば良かったんじゃないのか?」


 話題の転換を狙ってか、表情筋を硬くしたままのノーアがクストディアへと水を向けた。だが打ち返しとするには威力が足りない。少女が口元でにやりと笑う様子に、自分だけ話の中身がわかっていないことを理解したリリアーナが率直に訊ねる。


「何の話だ?」


「その後ろの従騎士の彼が、君の婚約相手なんだろう?」



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