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紫銀の百合姫


 たくさんの人間と生花と料理、そして演奏隊の奏でる優美なメロディに満ちた広大なホールは、これまで外部の目にふれないよう育てられたリリアーナにとって初めて体験する『社交の場』だった。

 限られた招待客のみで行われる宣言式後のパーティという名目ではあるが、一大家門の継承が関わるとなれば各領からは代理人ではなく領主自ら赴く者も多く、それに付随して同行する家族や従者の数も大きくなる。

 その上、今回の式典は新領主クストディアの十五歳記の祝いと顔見せだけではなく、親交の深い隣領イバニェスから訪れるファラムンドの末娘、リリアーナの初披露目も兼ねている。サーレンバー領の影響力によるものが大きいのは確かでも、ここまでの規模になったのは後者あってこそ、――というのがパーティ開始前に妹の支度を手伝ったレオカディオの言だ。


 イバニェス領が打ち出した新たな交易品、繊細さと機能美を兼ね備えたガラス彫刻の砂時計は王都でも大流行を巻き起こしており、厳重な流通と製造番号管理に守られた品はその稀少性から、もはや所持していること自体が上流階級のステータスとなっている。

 新進気鋭の工房による、極めて入手困難な美術品。その製造販売の総指揮を執るのが、未だ十歳記も迎えていない聡明な令嬢だということが、さらに話題性を高めていた。

 『イバニェスの麗花』『紫銀の百合姫』『精霊の加護を授かりし、賢聖たる令嬢』……巷で囁かれる数々の二つ名は、これまでファラムンドが頑なに表へ出そうとしなかったことも作用しただろう。隠されるほどに噂はひとり歩きを続け、全速力で聖王国中を駆けまわった。


 そんなこんなあり、今回のパーティは噂に名高いリリアーナの初披露目も兼ねるとあって、各地から貴公位やそれに連なる者たちがこぞって集まったのだ。


 宣言式のあとに着替えたのは、白い繊細なレースを重ねた光沢のあるドレス。年齢相応に裾をふんわりと広げた意匠は、よく見ればレースの組み合わせによる花弁を模した立体的な造りだと気づかされる。恐ろしく手の込んだ縫製だ。

 そのレース編みも、気品のあるドレープも、全てがリリアーナの持つ生来の美しさを映えさせる端役に過ぎない。

 陶器のような肌に色味だけを添える薄化粧、専属の工房で作られた優美なガラス細工の髪飾り。絶妙に計算され尽したそれらが、稀有な紫銀の髪と赤い瞳を一層引き立てる。

 ちなみに今回リリアーナが着用している一式は、五歳記同様に全てファラムンドの見立てにより揃えられたもの。娘の衣装デザインに注ぐ情熱とフェリバたちの意見も取り入れる柔軟さにより、今では専門職も舌を巻くほどに腕を上げていた。


 成長によって母親譲りの美貌に磨きをかけたレオカディオと並び立てば、その一角だけが幻想的な絵画の世界と化す――(出立前のカステルヘルミ談)



「まぁまぁ、噂に違わぬ愛らしさねぇ。名高き『イバニェスの麗花』にこうして直にご挨拶できて光栄だわ」


「僕も、こうして可愛い妹を夫人に紹介することができて嬉しいです。十歳記がまだなのでどこのご招待を受けられないのは残念ですけど。そういえばこの夏はご子息のお誕生日ですよね、妹は体が弱くて夏場に出歩けませんが、僕はまたお祝いに伺えるのを楽しみにしています」


 ブエナペントゥラによる挨拶の後、パーティが始まるなり数々の招待客が挨拶へ押し寄せ、その全てをリリアーナのエスコート役として寄り添うレオカディオが見事に捌いていた。

 笑顔で挨拶を交わし、軽やかな話術で会話を打ち切り、輝く笑顔で面倒な誘いを斬り捨てる。正に百戦錬磨。始めのうちはその見事な社交術を間近で目にし、少しでも自らの糧にと聞き入っていたリリアーナだったが、十人目を過ぎた辺りですっかり飽きた。

 寄ってくる有象無象は全部僕に任せて、と請け負ってくれた次兄に全てを託し、外向けの微笑みを維持したままその視線はずっと人混みの中をさまよっている。


(招待客とその同行者だけで総勢二百三十二人、加えて警備と給仕と、……イバニェスの屋敷では前庭を開放するかホールを連結しないと収容しきれなかったな。だからこそ、この機に便乗したのかもしれないが)


 パーティの主賓であるクストディアたちも大勢の客に囲まれており、その他はホール内の思い思いの場所で歓談をしたり、設えられたテーブルで食事をとるなど自由に過ごしているようだ。庭に面した窓が開いてテラスも開放されているが、見回す限りリリアーナの知る顔はない。

 探し人が見つからない落胆と疲労に、こっそりと小さな吐息が漏らされる。

 すぐ隣にいる目敏い次兄が、それに気づかぬはずもなかった。


「リリアーナ、疲れたなら少し休憩しようか?」


「わたしは大丈夫です、お兄様。高貴な方々がたくさんご挨拶にいらして、少しびっくりしてしまっただけですから」


「リリアーナは頑張り屋さんだからなぁ。こんな時くらい、お兄ちゃんを頼ってくれないか?」


 周りの目があるため、あえて稚気を含ませた微笑みで応えれば、妹に負けじとレオカディオは蕩けるような笑顔を浮かべて見せる。その表情ひとつで押しかける来賓の声がびたりと止まり、半円状の空間にはささやかな静寂が訪れた。

 どれだけよそ行きの練習を積んでこようと熟練度が違う、まるで勝負にならない。


「人前に出たことのないあなたでは息が詰まるのも当然ね、その顔色だと人酔いでもしたのでしょう。疲れたなら来賓用の休憩室も用意してあるわ、遠慮なくおっしゃい」


 別段、大きくもないその一声で集っていた人垣が割れる。

 そうして設えられた通路を悠然と歩いてくるのは、このパーティの実質の主。背後に従騎士の青年を従えるクストディアだった。

 到着したその日にも、今朝の式典前にも顔を合わせたが、他者の知り得ない苦労を重ねたらしい少女はわずか一年半の間に迫力を増している。線の細さは変わらぬまま、元々備えていた気品と居丈高な雰囲気に、統治者としての圧が加わった。

 領主としては若年であり、むしろ周囲は先達ばかりという状況なのに、先ほどから気後れる素振りなど微塵も見せない。

 挨拶に集まっていた人々を置いてきて良いのだろうかとリリアーナが視線を巡らせれば、車椅子に座ったままのブエナペントゥラと目が合い、優しく手を振られる。孫娘の疲れを見て取り、休憩に出したのかもしれない。


「ではお言葉に甘えて、少しだけ席を外させてもらおうと思います。クストディア様、もしよろしければ休憩がてら、わたしのお話しに付き合っては頂けませんか?」


「ふん、年下の客人を退屈させるわけにはいかないものね。仕方ないわ、付き合ってあげる。兄のほうはまだこの場に用があるのでしょうし」


 少女が意味ありげに横目で睨みつける先、鋭い視線も笑顔で難なく受け流すレオカディオは胸に手を当てて優雅な礼をした。


「妹のお願いを快くお引き受け下さり、感謝いたします、クストディア嬢。あなたが一緒にいて頂けるなら僕も安心できる。……それじゃあリリアーナ、ゆっくりしておいで。後で迎えに行くからね」


 社交に不慣れな妹を気遣う、優しい兄の姿。それはポーズでも何でもなく本心からのものに違いないが、妹の世話から解放された後こそがレオカディオの本領。

 これまではリリアーナの防波堤となって面倒な誘いや詮索をかわすことに全力を注いでいたが、その必要がなくなれば自らの目的を果たすことのみを考えて行動できる。

 元々、リリアーナがこの式典に参加しなくてもレオカディオだけは来るつもりだと話していた。こんなに大掛かりで、中央以外に聖王国中の重鎮が集まる場なんてそうそうありはしない。すでに展開している砂時計の新型の売り込みに、準備を進めているイバニェス産砂糖の品質アピール、後継として優れた手腕を発揮するアダルベルトの賛美に加え、自分が二番手として長兄を盛り立てていくつもりだという触れ込みも忘れない。

 社交に精力的な次兄のことだ、自分がそばにいない方が好きに振舞える、むしろ駆け引きの邪魔になってしまうことをリリアーナも良くわかっている。だから折を見てパーティを中座するつもりだと先に伝えていたが、クストディアからその助け船が出されたのは少しばかり意外に思う。


 リリアーナは兄とブエナペントゥラ、そして周囲の来賓へ向けて可愛らしく、それでいて完璧な作法で礼をすると、ホールの外へ先導するクストディアと従騎士の後ろをついて行った。



 

アプリの更新したら育ててきたブラシファイルもショート設定も何もかも消し飛んだので… 挿絵はまた今度… 半べそかきながらお絵かき環境の再構築中……(T△T)

そのうち仕上がったら付け足しにくるよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 下絵のリリアーナ様、かわいさの中にもちょっと大人っぽさも出て...。 完成を楽しみに待っています。
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