表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
400/432

メギドの丘でつかまえて②


 いつもへらへらと軽薄に笑っている男だから、不意に真顔を見せられるとどうにも落ち着かない気分になる。最初がろくでもない出会いだったせいだろうか、こうしてシオとふたりきりで向き合っていると、怖いというほどではなくても湧き上がる不安に胸のあたりがざわめく。


「どうした、何かあったのか?」


「うん、キミが元気になって良かったなと思って。もうどこも痛いとこはない?」


「怪我は治っている、治療に当たったお前のほうがよく分かっているだろうに。会えたら礼を言わねばと思っていたんだ、お前の魔法がなければわたしもカミロも命が危うかったと聞いている」


「そうだね、瓦礫から掘り起こした時は、ちょっと口では言えないくらい酷い有様だったよ。あんな思いは二度と御免だと思ってたのに見事に二度目を喰らったっていうか、ともかく、間に合って本当に良かった……」


 悲痛な台詞とは裏腹に、へらりと笑って見せる。見せるだけの笑顔はやはり薄っぺらく、表情を浮かべていない時だけが本当の顔なのではと何となく思った。


「……ともかく、お前のお陰で助かった、礼を言う。その魔法の腕を買われて日中はあちこち忙しく動き回っているそうだな。兄上たちの心証も良いようだし、今回の働きがあればそれなりに罪の軽減は成されるだろう」


「あー、そうだね、コンティエラで裁定とか色々受けた後はしばらく自警団でお世話になるつもりだし、今のうちに未来の上司と同僚へ顔を売っておこうと思って」


 以前にも自警団へ入りたいとは言っていたが、ここまで本気だったとは。きっと父なら無為に投獄しておくよりも、適材適所だと言って自警団で働かせることを選ぶだろう。

 そばにいられると落ち着かない気分になるけれど、一応は命の恩人だし、これからはしつこくされてもあまり無下にはできないなと今後のことが少し心配になる。

 もっとも、屋敷へ帰れば自警団員との接触はほとんどなく、ここより警備もしっかりしているから今のように簡単に部屋へ忍び込まれることもないだろう。……そう考えたところで、何かシオとふたりだけで話したいことがあったような気がしたけれど、考えても特に思い当たるものはなく。代わりに昼間聞いた話を持ち出してみることにした。


「そういえば八朔やアイゼンに妙なことを聞き回っていると耳にしたのだが。どうしてお前が?」


「うん?」


「この町でわたしと出会う前の経緯などを聞き出していたろう?」


「あぁ、それか。ここを離れる前に調べられたらと思ったんだけど、今のとこ手応えはないかなー。あんまり愉快な話でもないけど、そうだね、キミにも訊いてみたかったから話しておくよ」


 そこで片方の膝に行儀悪く足を乗せたシオは、その上に両手を重ねてやや前屈みになった。


「あの領事館が崩れた時、音を聞いて駆けつけたオレは、キミたちが埋まってると聞いてすぐに瓦礫をどかす作業に入ったんだけど。オレが手を出すよりも前に、似たような魔法……無機物への干渉を行った気配を感じたんだ」


「誰かがお前より先に? 同時に救助に当たっていたわけではなく?」


「そう、オレ以外に魔法で作業してた人間はいないと断言できる。あの時はもう、とにかく必死だったから気にする余裕もなかったんだけど。後々考えてみると、建物の崩落は魔法で起こされたものなんじゃないかなって」


「……っ?」


 驚きに息を飲むと、シオは顔の前で指を一本立てて見せた。


「まだ証拠も何もないから内緒ね。この町のトップが死んだ事件だ、もし事故じゃないとなるとキミたちの帰郷も遅くなるかもしれないし」


「でも、それがどうして八朔たちへの聞き込みに関係……、いや、まさか、人為的な倒壊がわたしを狙ったものだとでも?」


「可能性の話だよ。キミがここに来てからの一連の出来事は、どうにも出来すぎている。もし状況をいじって扇動してるヤツがいるんだとしたら……と思って嗅ぎ回ってみたんだけどねぇ、残念、尻尾の先も掴めてない状態でーす」


 シオはそう言ってとぼけるように肩を竦め、そのままこちらの目をのぞき込んでくる。


「それでさ、キミはあの領事館の中にいる時、何か気づいたことはなかった? 誰かを見たとか、なんか聞こえたとか」


「いや、特に何も……。カミロを探してあの中に入って、床が抜けて落ちたことや、暗がりの中でひどい頭痛に耐えたことは覚えているんだが、それ以外は何も。どうも頭を打ったせいで少し記憶が飛んでいるらしい」


「みたいだねぇ。色々と不便そうだけど、オレと初めて会った時のことはちゃんと覚えてる?」


「はじめは……コンティエラの街で追いかけ回してきた時だろう、せっかく買い物を楽しんでいたのに邪魔をしてきて。カミロとノーアにも迷惑をかけたし、とんだ災難だった」


「あははは、ごめんごめん悪かったよ、反省してるから許して~」


 全く悪びれた様子もなく笑ってごまかす男は、頭部への衝撃による記憶の混濁はたまにあることだから、長い目で見てしばらくは安静にしているようにと、まるで医者のような口調で語る。

 さきほど兄と話していても、微妙に記憶のずれと空白を感じた。ぽっかり空いたそこに何があったのか、いくら手探りしても見出すことはできず、これから時間をかければ次第に思い出せるのかどうかも定かでない。

 ひとまず生活に支障が出るほどの欠落ではないし、ひどい怪我だったのにこれくらいで済んだのはむしろ幸運だったと言えるだろう。そんなことを零すと、シオは眉尻を垂らして顔を傾けた。


「うんうん、キミが無事でいることが何より一番だよね。起きてから金歌ちゃんとは会った? お土産の果物を用意しすぎて馬車に積みきれないからって、自腹で荷馬車を一台贈ってくれたらしいよ、さっすが高給取り~」


「そうだったのか、それは初耳だ。ここを発つ前に挨拶と礼をしておかないとな」


「もう当面はサルメンハーラに来る機会もなさそうだもんねぇ。観光とかは難しいだろうけど、何かお土産に欲しいものあれば買ってくるから何でも言ってね」


「土産ならコバックの店で物色したし、アルトも直してもらえたから十分だ」


 父からもらったぬいぐるみは、同じ生地がなかなか見つからずに取り寄せているところだと聞いていた。フェリバが慣れない手つきで縫ってくれた、ギザギザの縫い目がなくなってしまったのは少し残念だけど、また手触りの良いぬいぐるみとして手元に戻って来たことは素直に嬉しい。

 ……そうだ、思い出した、あの時に重りの玉をフェリバが縫い込んでくれたんだ。もう一度手を伸ばして手足の生えたぬいぐるみを取り、腹のあたりを押してみるが返ってくる手応えは柔らかく、中に綿しか入っていないことがわかる。


「重りのガラス玉がなくなっている?」


「あ、あー、その玉ね、オレが預かってるんだよ。キミたちを掘り返した時に拾って、そのまま返す前に縫い直されちゃったんだけど……、ごめん、もう少しだけ預かっててもいいかな?」


「お前が持ってるのか」


 問い質すとシオは情けない笑顔のまま、手のひらに青いガラス玉をのせて差し出した。胡桃ほどの大きさの、深い青色には確かに見覚えもある。大事なものだから、なくさないようにとフェリバがアルトの中に縫い込めてくれたものだ。


「またアルトの腹を切開して入れ直すのも何だしな。絶対になくさないと約束するなら、持っていても構わないが」


「ありがとう。……大切なものだからね、必ず、持ち主に返すよ」


 ふにゃりと笑う男が手を握り込むと、次に開いた時にはもうそこに青い玉はなかった。

 何か言おうとして口を開きかけたところで、シオは音もなく席を立つ。大したことない仕草なのに、その有無を言わさぬ雰囲気に気圧される。


「お休みのとこ邪魔してごめん、そろそろ行くね」


「あ、あぁ……。次はちゃんと扉から入って来い、今の立場ならトマサも止めはしないだろう」


「まだ微妙~に警戒されてる気もするけど、そうだね、もし次があるならそうさせてもらうよ」


 にこにこと穏やかな笑顔を浮かべて見せるシオは、もうそんな機会はないとでも言いたげに軽く手を振ってから窓へ向けて踵を返す。

 いつもと変わらない中身のない笑顔、いつも通りの軽薄な口調。それなのにどういう訳か、これまで見たことがないくらいそれらが冷たく感じた。

 まるで長い別離へ手向ける挨拶のような。

 拒絶と寂寥が色濃く影を落とす背中に対し、かける言葉が見つからない。

 もう何の未練もないと語る足取りのまま、無言で見送るこちらを振り向きすらせずに。


「もう今後は付きまとうこともなくなるけど、オレはこれからもずっと、キミの幸福を祈っているよ。リリアーナ(・・・・・)ちゃん」



 最後に言い置いたその言葉通り、イバニェスの屋敷へ戻って以降は長い間、男のほうから顔を見せることも、話しかけてくることもなかった。






 

祝・400話~! それと少し過ぎたけど連載3周年~!\(∵)/

まさかこんなに長くかかるものだとは思いもしなかったよね…。

 

次は短い間章を挟んで、ちょっと月日の過ぎた新しい章。

書きたいと思ってたシーンは順番に消化できているから、あと少し。長い話になっちゃって読むのも一苦労だと思うんだけど、もうちとお付き合い頂ければ幸いです。

 

がんばって最後まで書ききるので、応援とか宣伝とかしてもらえると日々の更新の励みになります、何卒ヨロシクー! ヨロシク〜!!

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ここまで一気に読んでしまいました ますます不穏でハラハラですが、無事に悪徳令嬢になれるのか続きを楽しませていただきます
[良い点] 400話、おめでとうございます! ラブコメとハッピーエンドタグを信じて、最終話まで気長に読ませていただきます。 [一言] ちとって...ドラ○ン○ール的なちとだったりします? どんなにかか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ