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商談スペースにて①


 トマサとともに展示された品々を眺めて歩く。

 ざっと見た限り、一階は近隣の住民も買い求めるような生活雑貨、二階は外から来た商人たちが好みそうな、少し値の張る商品を並べているようだ。

 とは言っても金や宝石等、素材自体が高価なものはあまり見かけない。コバックが自信ありげに謳った通り、細工物や造りの精緻な道具など、品質の良さそのものがこの店の売りらしい。

 ふたりで足を止めたのは、有機質素材の一角。そこで透かし彫りの櫛を見つけ、これなら装飾品に興味を持たないフェリバも、美しいものを好むカステルヘルミも喜ぶだろうとトマサが言うので、柄違いの櫛をふたつ土産として選んだ。

 顔がにやけそうになるのを努めて平静に保ったけれど、互いの好みを考えて選んだ土産が同じだと知った時の、三人の顔を見るのが今から楽しみだ。


 その後、他にも何か面白いものはないかと物色しているうちに、工具類の並ぶ棚で八朔の姿を見つけることができた。

 木工や建築に使われるものなど、自分も見たことのある道具がたくさん並んでいる。その中で八朔はひとつを手に取って眺め、首をかしげてはまた元に戻している。


「工具が気になるのか?」


「あ、お嬢。気になるっていうか……あんまモノが良くねぇなと思ってよ、です」


「お前の目から見て、品質が悪いと?」


 地人族(ホービン)たちの作っている店でそんなことがあるだろうかと思い、八朔が元に戻した道具のひとつを手に取ってみる。

 握り込む柄のついた、厚みのある平らな刃。たしか木や石材を削る時に使われているものだ。

 特に造りの粗悪さなど目立つところはなく、普通(・・)の道具だと感じる。


(……あぁ、なるほど)


 八朔が良くないと感じたのは、『普通』をどこに置くか、基準の違いによるものだろう。

 キヴィランタでは手先の器用な地人族(ホービン)や、凝り性の化蜘蛛(アラクネル)たちによって、日用品や道具の類は目覚ましい進化を遂げていた。

 その他にも土木関係は大黒蟻(オルミガンデ)や鉄鬼族が活躍し、家具の類は木精族と小鬼族が各種族に合わせたものを作り出すなど、複数の種族が互いの得意分野を受け持つことで、これまでの長い歴史にはなかった変化をもたらしたのだ。

 暮らしやすさに重きを置いた自分の施策は、様々な力が合わさることで想像以上の成果を生み出した。

 デスタリオラの統治中だけでも急速な発展を見せていたから、数十年を経た今は利便性の面でもさらに発達しているに違いない。


「聖王国側では、これくらいの造りなら十分な品質と言えるぞ」


「そういうモンなんすか? なんか刃がガタガタしてるし、柄も掴みにくいだろそれ?」


「コバックたちは、あえてそういう風に作っているのだろう。本当はより良いものが作れることを商人たちに知られると、彼らに迷惑がかかる。当面はこちら側で過ごすのだから気をつけるといい」


「そっか……、難しいな、こっちに来てからなんかおかしいなとは思ってたんだけど。あ、だからみんなロクな武器を持ってなかったのか!」


 それとこれとはまた別の話だと思うけれど、一から説明するにも場所が悪いと判断し、曖昧に濁しておいた。

 キンケードが取り上げて今は自警団預かりとなっている黒鐘の剣と、八朔がエルシオンを仇として探している件については、また後でどうにかしなくては。

 先ほどの初顔合わせは何とか乗り切ったものの、これから共にイバニェス領へ戻るのだ。いつまでも『シオ』なんていう適当な偽名で通すわけにもいくまい。

 納得顔で嬉しそうにしている少年から目を逸らすと、何やら思案しながら工具を見つめているトマサに気づく。


「トマサも何か気になるのか?」


「いえ、私は……。その、魔王領には聖王国よりも優れた技術があると、噂話で耳にしたことはございました。あれは本当だったのですね」


「「……」」


 まずかったか? いや、そこまで致命的な発言はしていないはずだぞ?

 八朔と目配せだけでそんな会話をしつつ、自分の言動を振り返ってみて、やや危うかったかもしれないと反省する。八朔に対し気をつけろなんて偉そうに言える立場ではない。

 じわりと浮かぶ冷や汗をごまかしながら、再びトマサの手を取った。


「しばらく立ちっぱなしだったから、少し疲れたな。下のテーブルが空いているなら休ませてもらおう」


「左様でしたね、気がつかず申し訳ありません」


「じゃあ俺も一緒に。別に欲しいもんとかないし」


 この町に馴染みのある八朔は、こうした店に入っても特に物珍しいということはないのだろう。顔と角を隠すように、フードを目深に被り直して後からついてくる。


 まだ外からの商人たちで賑わうには時間が早いらしく、一階へ降りても客の姿はまばらだった。

 休憩所としても使えるらしい商談用のスペースは相変らず無人のまま、……と思ったのだが、衝立の奥のテーブルにひとりの男がかけていた。


「や、どもども、昨晩はおつかれさんで」


「こんな所にいたのか、アイゼン」


 跳ねた黒髪に丸眼鏡、一晩ぶりに姿を現した商人はふやけた笑顔で片手をひらひらと振っていた。昨日の夜とは違う服を着ているから、一度住処へ戻っていたのかもしれない。


「自分、領事館の連中には面が割れてますんで、あんなとこで顔合わせると面倒なんですわ。そちらさんも色々と立て込んでたし、厄介事は少ないに越したことないですやろ?」


 あの酒場だけでなくこの店も常連なのだろうか、アイゼンはこちらに着席をうながすと慣れた様子でお茶の支度をし始める。

 トマサとはコンティエラの街で一度対面したことがあるけれど、簡単な会釈のみで済まされた双方の態度からは、覚えているのかどうか判断がつかなかった。


「この店にいれば、お嬢様さんたちと合流できる踏んで待ってたんです。ほら、侍従長さんが眼鏡預けてましたやろ、出立前にはそれ取りに来る思いまして」


「ならば我々が店に着く前からここにいたのか。どうして今まで声をかけなかった?」


「いやぁ、さっきは坊ちゃんもご一緒だったんで。ちびっと顔合わせ辛いといいますか……、試用品だからって、効能をちゃんと知らないまま栞を渡した件もありますし。魔法絡みの品は、慎重に扱わなイカンて肝に銘じてたはずなのに」


 そう言ってアイゼンは力のない笑顔のまま肩を落す。

 そういえばこの男はレオカディオの指示でこの町に潜伏していたのだった。周辺地域へ手配が回る前に情報を渡したと本人が吐露していたし、もしイバニェスへ戻ったあとアイゼンが何らかの罪に問われるとしたら、次兄にもその類が及ぶのだろうか。

 身から出た錆というものだが、少し心配ではある。



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