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ミニトマトのカプレーゼ


 手前の平たい皿に並べられているのは、赤と黄色の小さな実。小さくカットされたチーズを挟んで何かをかけたもののようだ。

 八朔の真似をして、艶やかな赤い実を拭いた指先で摘まむ。そのまま口へ放り込んで咀嚼すると、実の甘酸っぱさとチーズ、それに香ばしい油が合わさって瑞々しい味わいが広がった。

 すっきりして頭も冴えるし、溢れる水気が朝食にちょうど良い。思わず頬が緩む。

 アマダが作る料理にも似たようなものはあったが、こちらは使える調味料などが限られている分、食材の持ち味がよくわかって自分好みだと思った。

 三つばかり味わってからお茶を手に顔を上げると、呆れた様子のレオカディオがこちらを見ていた。その隣では八朔が左右非対称の妙な顔をしている。


「何だ?」


「相変わらずおいしそうに食べるなって思ってただけ」


「そうか。ところで、今日はこの後どうするんだ? すぐに帰るのか?」


 まだ聖堂側の自警団員と合流をしたり、道中の食糧や水を積み込んだりと出発前にすることは残っているだろうが、ひとまずこの町へ来た目的は達成している。

 自分が起きる前に何か予定は立てたのだろうかと思い訊ねれば、レオカディオはテーブルへ頬杖をついて意地悪な笑みを浮かべて見せる。


「ふぅん、リリアーナはそんなに早く帰りたいんだー?」


「早く帰りたいのはレオ兄の方では?」


「ま、その通りなんだけど。せっかく馬車旅に耐えてサルメンハーラまで来たんだから、僕たちは少し町を見て回るつもり。リリアーナと違って、僕は正式に父上の代理として訪れているからね。向こうが応じるならここの統領とも面会しときたいし」


「えっ、それを早く言え、わたしだって町を見学したい! レオ兄たちと違って初めて来たんだぞ、見て回りたいのはわたしとて同じだ」


 守衛たちと問題を起こしてしまった以上、再び包囲される前に町を抜け出すものとばかり思っていたが。安全面に関してアダルベルトやカミロも賛同しているなら否やはない、町の見学は好奇心をくすぐられている自分にとって願ってもないことだ。


「お嬢、どっか行きたいとこあんなら俺に言いな。道案内くらいはできるぜ」


「お前は町を歩くのは危険だろう、フードで顔を隠していても人狼族(ワーウルフ)には通じない」


「あ、領事館へ行けたらそこらへんもハッキリ話をつけるつもりだよ。これまでのらくらと、知らぬ存ぜぬを繰り返してくれたからねー。昨晩の一件もあるし、少し苛めてやらないと。アイゼンの件は僕が手を回してたから置いておくにしても、この武器強盗君の身柄は正式な手続き踏んでこっちで預かるから安心して」


 置いておかずに、そこはきちんと反省してもらいたい所だが。

 ともあれ、町の統治者との面会や手続きについては全くの専門外だから、大人しくレオカディオに任せておくのが良さそうだ。

 八朔が正式に許しを得て町を出られれば追っ手の心配もなくなるし、あとはイバニェス領での審判次第となる。

 どうにか口添えできればと思うけれど、アイゼンよりも余程やらかしたことが大きく、影響は種族間問題にまで及んでいる。どんな罪が科せられるのか、そちら方面に疎い自分には想像もつかない。


「というわけで町の見学もするけどさ、僕は昨晩着いて早々あんなことになったから、まだ叔母様と顔も合わせてないんだよ。まずは聖堂に寄って挨拶くらいしとかないと」


「それもそうだな。怪我の具合も心配だし、帰る前にちゃんと礼を言いたい」


 エトの突撃により半壊した聖堂は、この後どうなるのだろう。設計段階から携わりようやく完成したばかりだとマグナレアは喜んでいたのに、とんだことに巻き込んでしまって責任を感じる。

 テオドゥロたちもまだ向こうに留まっているから、ふたりに会ったら事の顛末は伝えておかないと。


「昨晩泊ったなら、もう話を聞いたかもしれないけど、叔母様はリリアーナの五歳記の件とか色々動いてくれたんだ。次はいつ会えるかわからないし、ちゃんとお礼をしておいたほうがいいよ」


「ん? 五歳記の件、とは?」


 初めてマグナレアと会ったのはあの時だったが、レオカディオの言葉が何を指しているのかわからず首をかしげる。祈念式は言われた通りにつつがなく終えて、特に問題など起こしていないはずだが……


「詳しくは教えてもらってないけど、祈念式でなんかやらかしたんだろ? 祭祀長が中央に報告するのを止めてくれたのは叔母様なんだよ。父上から圧力かけたところで効力はたかが知れてるし」


「あ、そういうことか」


 精霊たちによってノーアの姿を視せられたことにばかり気を取られていたけれど、そういえばあの時はパストディーアーの像に群がった精霊が派手に発光をしていた。マグナレアも驚いたと言っていたし、祭祀長の動揺からもあれが稀に見る現象だったのは明らかだ。

 同席していたカミロもあの時のことは当然知っている。屋敷でも聖堂でも、きっと自分の特異性について話が上っただろうに、あれから特に何事もなく過ごせたのは彼らが情報を止めてくれたお陰だったのか。

 いつも知らないところで大人たちに助けられてばかりいる。

 自分からは何も打ち明けられていないまま、年齢と立場を理由に、一方的に守られているのが何とも心苦しい限りだ。


「……?」


 そんなことを考えていると、ふと対面からレオカディオの視線を感じた。


「なんだ?」


「うん、いや、リリアーナは……聖堂が嫌じゃないかなと思って」


「別にどうとも思っていないが。ここの聖堂には叔母上がいるし、昨晩も泊めてもらったばかりだ。あぁ、もしかして例の官吏のことか?」


 聖堂で迎えた昨日の朝、カミロも白い制服姿に嫌悪感はないかとひどく気にしていたけれど、あの時に答えた通りこちらは何とも思っていない。

 この身にふれようとして痛い目を見たのは官吏のほうだし、領内での不届きな行為に対してもすでに罰が下されている。

 むしろ、あの一件がなければパストディーアーとの契約が未だ生きていることに気づくのが遅れていた。それを思えば、自分としては助かったくらいなのだが。


「……あの官吏のことは、悪かったと思ってるんだよ、一応。アイツをつけ上がらせたのは僕だけど、調子に乗ってリリアーナにまで手を出すとは思わなかった。ほんとに、思慮が甘かった」


「つけ上がらせた?」


「街の子どもに手を出してるって噂を聞いたから、ちょっと誘って気を惹いたんだ。肩とか腰とか触られたくらいで、もちろんいかがわしいコトなんか何もさせてないけど……」


 珍しく萎れた様子を見せるレオカディオは、そうして教師役の官吏を手懐け、聖堂側が掴んでいる様々な情報を引き出していたのだと語った。

 まだあの頃は十歳記を控え、自由に屋敷の外へ出られなかったから、屋敷への出入りが許された聖堂関係者を情報源のひとつとして確保したかったようだ。

 手綱の種類は違えど、行商人のアイゼンも外部の『目と耳』として取り込んだうちのひとりなのだろう。

 人付き合いが上手く、人脈が広い。――それはそれで結構な特技だし、とても自分には真似のできないレオカディオならではの処世術とも言えるけれど、手段があんまりではなかろうか。

 何だか言語化のしにくいモヤモヤとした気持ちが胸中に広がる。


「そういう、自分を餌にするような真似はやめたほうがいい。わたしや大人たちに隠れて、他にも何か似たようなことをしているのだろう?」


「ふふ、さすがに加減がわかってきたから大丈夫だよ。せっかくこんな顔に生まれたんだから、使えるものは使わないともったいない」


「そういう問題ではないのだが……。まぁ、わたしが何を言ったところで素直に聞きはしないだろうし。程々にしておけよ」


 元より自分の忠告など通じるはずもない。気ままな次兄に言うことを聞かせられるのは、ファラムンドかアダルベルトくらいなものだろう。

 官吏の一件で軽はずみな行動がどんな結果になるかを学んだようだし、本人が危険を承知でいるなら自分からこれ以上言うことはない。そう思って簡潔に切り上げると、レオカディオは応とも否とも返さずに肩をすくめて見せた。


 寝不足が顔に出ているものの、何やら吹っ切れた様子のレオカディオは作り笑いをやめたせいか、いつもより余程リラックスしているように感じる。

 八朔ともいつの間にか打ち解けたようで、会話の合間にも皿から果物を取らせたり水の注ぎ足しを命じたりと、ずいぶん気を許した姿を見せていた。


「なに? 僕の顔に見惚れるくらいなら鏡でも見れば?」


「いや、顔立ちはどうでも良いのだが。レオ兄はいつもの取り繕った笑顔なんかより、そっちのほうがずっと良いな」


「……。そう」


 今さら妹に褒められたくらいでは何とも思わないとでも言いたげに、レオカディオはふいと顔を横に逸らす。

 そして何かに気づいたように視線を戻せば、果物の取り分けを命じたはずの八朔は小皿に盛ったそれを自分で頬張っていた。給仕として言いつけたことが伝わっていなかったようだ。

 まとめて口に押し込んだ八朔はもぐもぐと膨らんだ頬を動かしながら、信じられないと目を見開くレオカディオを不思議そうに見返している。言葉もなく見つめ合う少年たち。

 目の前で繰り広げられるそんなやり取りがあまりに平和すぎて、リリアーナはお茶を飲みながらくつくつと笑っていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] そういえばレオ君はトマト苦手でしたね。
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