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自治領サルメンハーラ②


「交易の拠点になっているとか言うけど、そこらの露店と大差ない、自分で狩った素材を持ち寄るならず者の集まりだ。治安だって良いものじゃないし。自分で行かずとも、君の立場なら欲しいものを取り寄せるなり何なりできるはずだろう」


 前髪の向こうで赤い目を眇めながら、また不機嫌顔に戻ったノーアはそんな言葉をかけてきた。


「サルメンハーラのことを知っているという口振りだな、ノーアは行ったことがあるのか?」


「僕は行かないよ、そんな所。そもそも近年では、取り引きを認められている商人や業者以外は中に入れないはずだ。隣接するクーストネン領と何か諍いがあって、出入りを絞っているんだったか……?」


 そう言って隣の席へ視線を向ける。説明役を受け取ったカミロは指先で軽く眼鏡を押さえてから口を開いた。


「サルメンハーラの利権欲しさに手を出した領軍が手ひどくやられた上、報復としてクーストネン籍の商人らが街から締め出されたと聞いたことがあります。その余波で無関係の商人たちも出入りや取引の制限が厳しくなり、クーストネン領は他領や王都から多くの苦情を受けているとか」


「ほう、そんなことが……。珍しい物と金銭が集まる場所でも、自称の自治領であり後ろ盾がない。だから力づくでその富を掠め取ろうなんていうズルいことを考える輩も出てくるのだな」


 それとも豊かな交易の場として育った街を、労せず丸々自分の領土としたかったのか。

 ベチヂゴの森やそこに住まう魔物からとれる素材は利便性の高いものが多いから、それらを入手したいという気持ちはわからないでもない。だが他者が作り上げた場を乱し、富だけを横取りしようなんていう考えがせこすぎる。

 そこらの盗賊ならまだしも、土地を治める領主がそんなことを指示するとは呆れ果ててものも言えない。

 隣領の考えなしな行動とは裏腹に、領軍に攻められてそれを打ち負かしたというサルメンハーラの方は大したものだ。腕自慢の冒険者が集まるとの話だから、彼らが一丸となって軍をも退けたのだろうか。


「何だか、ごたごたとした場所なんだな。別に買い物をしたいわけではなくて、見学というか……自分の目でどういう所か見てみたかっただけだから、そのうち落ち着いた頃にでも寄れたらそれで満足だ」


「見学ならこの後に向かう街の露店で十分だろう、扱っている品が食材か希少な素材かという程度の違いしかない。なんで君がサルメンハーラなんかに興味を示すんだ?」


「まぁ、うん、この街の商店だってわたしには十分物珍しいし、遠出せずとも良いというのはその通りだな……」


 サルメンハーラの成り立ちや名前の由来が気になる理由なんて説明はできないため、もごもごと言葉尻を濁すことになってしまう。

 ポポに訊きたかったことはすでに答えを得られた。そのついでに自治領のことを知れたのは収穫だ。

 他にも色々と気になることはあるが、そちらは後で調べれば良い。ひとまずは変に突っ込まれないうちに話題を変えるべきかもしれない。

 カップの縁を指でなぞりながらそんなことを考えていると、ノーアはつまらなそうな顔で再びテーブルに頬杖をついた。


「……あの場所は、勝手に自治領と名乗っているだけだから、他の領と違って中央に税を納めていない」


「それはそうだろうな。だからこそクーストネン領も領間協定と関係なしに攻め入ったりしたのだろう?」


 どんなに愚かな領主だろうと、さすがに中央の後ろ盾がある他領へ安易に侵攻なんてするまい。

 アグストリア聖王国を構成する王都と十六の領は、国の起きた当初から『領間協定』と呼ばれる条約を結んでいる。

 領道の扱いや犯罪者の引き渡しなどその項目は多岐に渡るが、最も重要視されているのは領間不可侵――決して他領へ武力を以て攻め入ってはならないという法令だ。

 これを破れば周辺の領が攻め入られた側へ助勢して反撃を食らう他、王都から差し向けられる騎士団によって制圧、粛清が下るとか。

 その際に徴収された財は、聖王が仲立ちとなって被害を受けた領や助勢に入った領へ配られる。鎮圧の後も長きに渡り税が重くなるなど、ペナルティは相応に重いらしい。

 二百年ほど前に西側で起きた大きな諍いを例に、歴史の授業でそう教わったことがある。


「租税も納めず、周辺の道を整備することもなく、元手のかからない勝手な取り引きで富を蓄えているんだ。ズルいと言うなら、どっちもだろう」


「……ふむ、そういう見方もあるか」


「森から漏れ出る魔物を討伐している、貴重な素材を流通させている、どちらも聖王国の利になってるだろう……っていうのがサルメンハーラの言い分らしいけど。元々あそこに街がなくても成り立っていたし、この数十年はほとんど森から魔物が出てこないんだから、言い訳にしたってお粗末すぎる」


「あぁ……うん」


 この数十年は森から魔物が出てこないという、その部分にばかり気をとられながらノーアの言葉に生返事を返す。

 イバニェス領の岩場側だけではなく、サルメンハーラに面する森の大部分でも同様だとは。どうやら『魔王』デスタリオラの死後も、キヴィランタの者たちは通達を守ってベチヂゴの森からこちら側へはなるべく出ないように過ごしてくれていたらしい。

 ヒトの生活圏との不用意な衝突を避け、労働力を確保するための施策ではあったが、今も律義に守ってくれていると知れて何とも言葉にしがたい想いが湧き起こる。


 もしいつかサルメンハーラに行ける日が来たら、森の様子をうかがうくらいは許されるだろうか。

 意思疎通の叶う者に何とか渡りをつけられたらと思うが、森からこちらに出てこないのでは接触は難しい。

 それよりも本当に自治領とあの商団に関わりがあるのなら、街の関係者からキヴィランタの様子を聞いてみたい。あの武装商団であれば『魔王』の死後も、森を突破して城との行き来をしていたかもしれない。

 魔王城は、拓いた田畑は、河川は今どうなっているのか、……あの地の皆は元気にやっているのだろうか。


「……何、変な顔して」


「え、変な顔? またか?」


 ノーアの指摘に自分の口元や頬をさわってみるが、やはりよくわからなかった。


「食事の席で魔物の話なんか持ち出されたくないなら、もうやめるけど」


「いや、どんどんしてくれて構わないぞ? 魔物については素材部位や生態など興味深い話がたくさんある。話す場所など問わない……が、そういえば生まれてこのかた、自分の目で魔物を見たことはないな」


 ふと気がついて、顔をさわっていた手をそのまま口元へあてる。

 今は外出自体が稀なことだし、岩場を越えてイバニェス領へ入り込む魔物は数少ない。安全に育てられている自分が魔物を目にしたことがないのも当然と言えば当然だ。

 せいぜい身近でふれたことのあるものといえば、アルトの外殻として利用しているボアーグルのぬいぐるみくらいなもの。

 それから、天井裏を駆け回っていた小動物も、何らかの魔物の可能性があるのだっけ。

 狂暴でない小型種であれば、屋敷周辺の草むらや裏庭の茂みなどにも棲息しているだろう。イバニェス領内でもそのうち遭遇する機会はあるかもしれない。


「普通に生きてて魔物なんかと遭遇することはないだろ。森から出てくるもの以外、とっくに狩り尽されてる」


「え?」


「人の寄りつかない場所に隠れ住んでるのはいるかもしれないけど。もう聖王国内に魔物なんてほとんどいないよ、だからサルメンハーラで取り引きされる素材が高騰してるんじゃないか」


 何を当たり前のことを、とノーアは訝しげに眉間へしわを寄せた。実際にはほとんど寄っていないから、眉根がちょっと動いただけだ。

 ノーアの微細な表情変化はともかくとして、こちらが知っていて当然といった少年の様子と、初耳である魔物の不在について少しばかり混乱をきたす。


(もう国内には魔物がいない……?)


 この場で交わした会話、聞いた話を頭の中で回顧してみる。

 ……そういえばサルメンハーラで()()()素材を取り引きしているとか、富を蓄えているといった話が何度も出ていた。

 てっきりそれは、ベーフェッドのように生態と討伐の困難さから希少価値が高まっている素材を指してのことだと思っていたのだが、もしかして魔物の素材、――魔物の存在そのものが珍しくなっているのだろうか。

 となると、もうひとつ思い当たることがある。

 天井から採取した魔物の羽根らしきものを鑑定に出して、すぐに特定に至らなかったのは、もしやヒトの識者が該当する魔物を知らないせいではないのか。

 たしかに森から出ないようにと通達はしたが、こんな短期間で聖王国内に魔物が全くいなくなるなんてさすがにおかしい。他にも何か要因があるはずだ。



長くなりすぎたので分けて二話分更新。

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