8.ファッションチェックとお宅訪問
『そこまで変な姿、というわけでもないが……』
ちなみにエーディクさんは立て衿部分と袖口、裾に刺繍の入ったプルオーバータイプのシャツを着ていて、その上から腰の位置で帯を締めている。下はズボンと長靴。
わたしのほうはといえば、ピンクの雪柄プルオーバーにグレーのパンツスタイルのパジャマなので、確かに彼の言う通り、ものすごく形状に違いがあるわけではない。だがしかしパジャマである。
いちおうエーディクさんがシャツを一着貸してくれたので、パジャマの上から被って帯を締め、袖を3回折って捲った。
『足を見せてみろ』
「え、あーぁああああ!」
抵抗する間もなくぺろっと靴下を剥がされました。凍傷のまったくみられない素足に、形容しがたい微妙な沈黙が流れる。
「……これも、毛皮のおかげみたいなんですよね」
『そのようだな、最初は随分とやわい靴を履いているものだと思っていた。このままでも問題ないのかもしれんが、昨晩とは状況がいろいろ違うからな……』
念のため、と靴下の上からフェルト地の布を足に巻き付け、さらに革紐で縛ってもらった。
『この家には女物の服はないが、オリガの家で借りられるかもしれないから、話のついでに交渉してみる。なければ帰りがけに買う場所に寄るつもりだ』
「は、なるべく安上がりにすむ方法でお願いします! ……お代の返し方は後ほど相談ということで」
うう、雪国の衣服って実用性最優先だろうから決して安くはない気がするんですけどね!!
そして例の白い毛皮のマントを羽織り、いざ出発。実はさっき試しに毛皮無しで外に出てみたら、ものすっっっごい冷気浴びて慌てて家の中に逆戻りしたんだよね! これを着た時の異常なまでの防寒効果が改めて実感できました。手足の先まで保護してるわけじゃないのに、変なの……
『スィムとリグルも言っていたが、本格的に精霊か何かの〈加護〉のようだな』
「そう思いますよね? やっぱりあの女の子、人間じゃなかったのかー……」
『そのあたりも含めて、オリガのところで話そう。寒くなくてもマントのフードは被っていてくれ、他の者に会った時の説明が面倒だから』
そんな経緯でエーディクさんの家を出てみると――なんだかものすごく薄暗い。灯りがついている家も見かけるくらいで、もう夕方なんだろうかと思ったのだけど、これでも昼なんだそうだ。この土地の冬はこういうものらしい。
体感時間で5分ないし10分歩いた頃だったろうか。辿り着いた家は、エーディクさんの家よりひとまわり大きい。
『……よぉ』
庭先で薪割りをしていたらしい男の人が、手を止めて声をかけてきた。明るめの髪が、帽子からこぼれて肩にかかっている。体格はエーディクさんよりすこし痩せ気味だろうと思われた。
『オリガと話をさせてくれ』
『俺にはないのか』
『……聞きたければ、お前も一緒で構わんぞ』
あれ、この声聞き覚えあるかも? あ、もしかして朝一番に来ていたお客さんの声でしょうか……なんとなく不機嫌そうな彼の瞳は、薄暗いので始めはよくわからなかったけれど、緑がかっているように見えた。
お家の中にお邪魔すると、亜麻色の髪のグラマラスなお姉さんが子供達の相手をしつつ家事をしている様子だったので、会釈しつつ部屋を通らせてもらう。やっぱり、女の人はあの女の子みたいなジャンパースカートなんだ。
衝立やタペストリなどで仕切られた奥のほうの部屋まで来た。半分くらい糸の束や織り物の道具などで埋まっていて、他には……木材、というか木の皮かな? それらが積まれている。部屋の主は縫い物の途中だったらしく、それらを脇に押しやっていた。
『何ぞ変わったことがあったようだ、と聞いておるよ』
わたしのお母さんよりもう少しお歳かも、と思えるけどまだまだ元気そうな初老の女性だった。長い灰色の髪を無造作にまとめ、肩にはショールを羽織っている。
『昨日からいろいろあったんだ。順を追って話すから、長くなると思うが――先に紹介しておく、マイヤだ』
「はじめまして。久澄舞夜です」
『マイヤ、彼女がオリガだ。こっちが彼女の息子のヤロスラフ』
『ローシャでいいよ、お嬢さん』
庭先で会った男の人も紹介してもらえたけど、名前の略し方がやっぱり変わってるなー。もとの名前のほうは覚えてられないかも……そんなことを考えているうちに、オリガさんがわたし達が座る敷物を整えてくれた。大人4人でけっこうな密着距離で座ることになる。
『最初は……俺から話す。数日前に〈託宣〉を受けたんだ』
「?!」
聞き慣れない言葉に不穏な響きを感じて、思わずエーディクさんの顔を凝視してしまった。オリガさんとローシャさんも真剣な面持ちだ。きっとすごく重要なことなんだろう――わたし達はそのまま、エーディクさんの話に聞き入った。