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79.向き合う勇気を

 エーディクさんが行ってしまってから、数日が過ぎた。

 オリガさんには北の森には踏み込まないよう、里の人達に伝えてもらった。わたしもヴェドゥーン以外の人が入れないように、〈空間〉を行き来できる条件を指定して〈月の翁〉に願い念じた。どうやら、聞き届けてもらえたようである。

 で、その隔離した部分の森の内部はどうなっているかという話なんですが、ときどき発火現象が起きるようで、小火で済む規模のうちに消し止めてください……と、〈氷〉や〈水〉の皆さんにお願いしてある。ローシャさんが雨を呼んだりとか手伝ってくれているので、今のところ、大規模な森林火災にまでは至っていない。

 ただ、隔離しきれていない事態もあったりするわけで。例えば地震とか地震とか地震とかなんですけどね。地続きである以上、揺れをその場所だけに留めるなんてことは不可能なわけで……わずかに揺れを軽減するのみ、に終わってしまっている。フォークスの里の地点で震度換算したら4か5弱くらいだろうか。なんとか日常生活に支障が出ない範囲だけれど、一日に二度三度となく起こるのでこれは……さすがに地震大国出身のわたしでも、心臓に悪い。


『そろそろ、直接お話ししてもいい頃なのではないかと思いますが』

 デニスさんの言う通り、周囲に出る被害になんとか対応できるようになったところなので、後回しにしてしまっていた〈彼の内面〉に触れることに、覚悟を決めて取り組まなくてはならない。

『そうは言うけどな、奴は一体どの辺に不満があるんだろうな』

 いちばん分かってそうなローシャさんがこれなんだもん……途方に暮れてしまいます。

『いやさ、心当たりはいろいろあるけどな。いろいろありすぎて』

「ひとつひとつ、丁寧に話を聞いていくしかないんじゃないでしょうか?」

 そう言ったら、ローシャさんがわたしのほうを見て、溜息をついた。

『誰が聞く、ってのも重要だと思わない?』

「それは確かに……え、でもやっぱりローシャさん以外に適任なんて思いつかないんですけど」

 ローシャさんがわたしのほうを向いたまま、また溜息をついた。

『俺で済んでるんなら、この二年三年のうちになんとかなってると思わない?」

「え……あ、それは……」

 そうかもしれないけれど。確かにきっかけは〈わたし〉かもしれないけれど。でも、この里でいちばん付き合いの長い彼のほうが、わたしより彼のことを分かってると思うのにな……

『それぞれでなければ、話せないこともあると思います。お二人それぞれが聞くということでよろしいのでは』

「……そう言うデニスさんは、ご一緒してくれないんですか?」

『私は遠慮すべきだと思っておりますが。地揺れと、そこから生じる人々の〈不安〉を抑えるのに集中しようと思っています』

 デニスさんが首から下げたメダルを裏返しながら言った。そっか、そういえばデニスさんは〈大地〉の加護を受けているとか言ってたっけ。〈黒い精霊〉もある程度までは抑えてくれそうだから、確かにそのほうがいいのだろうけど……

「〈黒い精霊〉……ですか……」

 正直、怖い。人の精神に直接働きかけるって、どういうことなの。エーディクさんはどこまで染まっているの。わたしは、どこまで制御できるの。

『……一緒に行こうか。大丈夫、何とかなるって』

 ローシャさんの楽天的な口調に、これほど救われたこともなかった。


 森の入り口で、デニスさんは待っていてくれると言った。

『とにかく、何でも聞いて。彼を受け止めてあげてください。〈黒い精霊〉は、些細な原因であってもその支配力を増幅させるすべに長けています。〈器〉の大きい彼であれば尚のことです。大したことでないと軽んじず、真剣に元凶を見極めてください』

 そう言って彼はわたしとローシャさんを送り出してくれた。わたし達は振り返らずに、森の奥へと道を突き進んだ。

 あちこち雪解け水でぬかるんでいて、決して心地よい道のりではない。ところどころ焼け焦げた跡が見受けられたり、あるいは一度溶けた雪が再び凍りついてしまった箇所もあったり。不自然な、不気味な光景が続くなか、わたし達はたどり着いた。

 樹々が減り、視界が開けたその先は、小高い丘になっていた。その頂に力なく横たわる、薄茶色の翼の生えた獣。薄く目を開けたのち、ゆっくりと起き上がりこちらを凝視した。

「エーディク、さん」

 勇気を奮い立たせて呼びかけた。言ってしまってから、本当にこの呼びかけでよかったのか、疑問に思えた。いつも見ていた彼の琥珀色の瞳が、蒼穹をうつした瞳に変わっていることが、何よりも寂しかった。

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