76.歓迎したくないお誘い
里の人ではない。それは、すぐにわかることで。
トーリャさん達のような行商人の出入りが増えているので、その類だろうと思いつつも、どこかに違和感を感じた。――軽装の旅姿に、人好きしそうな温和な顔つきの、二十代後半ほどに見える男性。脱走兵や追い剥ぎが隠し持つような、荒んだ気配は見受けられない。でも――どうしてか、旅の商人には見えない。とってつけたような旅装と取り澄ました態度。
害意などは感じられない。けれど、何も隠していないとも思えない。この類の勘は〈力〉が関係しているのか、最近特に活用することが多くなったのだけれど、何か――変かも、としか言えない……
「なんでしょう……?」
恐る恐る返答すると、その彼はかすかに微笑んで、また口を開いた。
『ここ数年で、里に住むようになった黒髪のお嬢さんを探しておりまして。もしや、と思って声をかけさせていただいたわけですが』
「……」
あの、何それ。トーリャさんの言ってた噂とかに関係するのかな? 何でそんなのが話題になるんだろう……
「さ、さあ、人違いじゃないでしょうか」
なんとなく「それ多分わたしのことです」と言いたくなかったのであくまでとぼけて、先を急ごうとその人の脇をすり抜けようとした時。
『違わないと、思います』
急に手足が重くなった?! 何かに引き留められているような感覚にうろたえて、思わず彼のほうを仰ぎ見ると
『しばらく、ご無沙汰しておりました』
彼は自分の顔の前で手を軽く撫でかざすと、そこに黒革の仮面がスッと現れた――うぁあああまた出た確かにお久しぶりですけど!! まさか素顔晒してたなんて全然思いもよらなくて思いっきり不意打ちくらいましたよ!!
「ひ……!」
引きつった顔が戻らないまま、黒い仮面を凝視していたら、その仮面が小首を傾げた。
『そこまで驚かれるとは、思っておりませんでしたが。以前と然程お変わりがないようで、ひとまずお元気そうで何よりです、と言っておきましょう』
驚くに決まってるわーもう! しばらく言葉が出なかったのだけれども、なんとか、気力を奮い立たせて会話を試みる。
「で、その、わたしに一体何の用でしょう……?」
この人が〈親戚がた〉と無関係とは思えませんからね……なんかもう、聞く前からやな予感しかしないんですが。
『いえね、お元気そうなのは結構なのですが、随分と二の足を踏んでいるように見受けられまして。何かお手伝いができないものかと、こうして参った次第です』
お手伝い……記録作業の?
『いや、そういった地味なものではなく。もう少々大掛かりにいきたいものだと思いまして』
今、言葉に出す前に頭の中を読まれました? 精霊達を相手にしているとたまに起こることだけど、やっぱりこの人も……なのか。
「大掛かりとか言われましてもですね、わたしにできることはせいぜいこの程度ですよ。そんなに期待されすぎても困るんですけど」
『ご謙遜なさらずとも……表沙汰に動いている方たちよりも、向いていることがおありでしょうに』
なんかやだな。この人のペースで話をしたくない。でも、何も知らないままでいるのもシャクだ……
「あなた、何者? どこと繋がってるの?」
うっとうしい前置きを放り投げて単刀直入に切り込んだ。彼が、仮面の下で薄く笑った気がした。
『〈黒〉、と申せば、ご理解いただけるでしょうか』
……うん……薄々その可能性は考えていたけれど、やっぱりそういうことなんだ……
「わたしはわたしでやれることをやってるだけだから。放っておいてくれる?」
深くかかわるときっと碌なことにならないってのが、直感でわかる。いろいろこちらに有利な情報を聞き出したほうがいいかもしれない、という気持ちも頭の片隅にあるんだけれど、それ以上に、何だが近寄りたくない……という気持ちのほうが、強く出てしまっている。
『まあ、そう仰らずに……』
彼がわたしに向かって手を伸ばしてきた。やだやっぱりなんか怖い! 思わず数歩後ずさると、何か重い靄のように感じるものが、じりじりと迫ってくるイメージが来た。怖い、助けて! 以前何もできずに頭が真っ白になってしまった経験があったから、それだけは避けようと恥ずかしがらず、なりふり構わず全方向に助けを求める〈声〉を放った。個人的な抵抗はその後に考えます!
『……近いですね』
彼の言う言葉の意味は、わたしにもわかった。すぐ近くでわたしの〈声〉を受け止めて、動いてくれている人がいる、ということだ。それはきっと――
『マイヤ!』
思っていたよりおずっと早く、その人は来てくれた。ほんとうに、ただただ嬉しくて胸のあたりが熱くなる。彼は――エーディクさんは、仮面の男とわたしの間に割って入り、不吉な力を行使しかけていたその男と対峙した。




