75.二度目の春
春に先駆けて、モルジからの声明が出た。「信仰に殉じたセミョーン公を聖人と認め、彼を死に追いやったヴァディーム大公には毅然と立ち向かう」という旨であった。何というか、感嘆の溜息しか出ない。自領とは関係ない出来事をうまく受け止め、絶好の大義名分を手に入れたのだろう。
『マスリーナとの関係も充分意識しているしな。本当に、スヴャトザール公の立ち回りようは見事としか言いようがない』
ここまでくると直接関与してなくても、モルジ側を応援したくなってくるよね。実際カラノークまで出向いたエーディクさん達も、その空気を肌で感じ取ってきたようだった。
それはそれとして、ですね。
「トーリャさん! 来てくれたんですか」
『おお? 嬢ちゃん、そんなに待ち焦がれてくれてたのか。そいつは嬉しいねぇ』
そりゃ嬉しいですよー。以前の別れ際はどっちかっていうと「こんな田舎まで来ても儲からんかもな……」って薄々思ってそうな反応でしたもんね。でも、トーリャさん側からしてみると主街道が使いづらいことと、あと「こんな時だからこそ」僻地まで出向くことに意義があると考えているみたいだった。相変わらず春先に需要の高いものを積んできているようで有り難いです。多少高くても問題ないと思えるし。
「街道はどうでした?」
『今のところ、そこまで治安は悪くないようだった、がな……』
どちらかといえばこれから……なんですよね。士気の落ちた逃亡兵が、追い剥ぎに転じるのを警戒しなくてはならない。エーディクさんローシャさんらは、しばらくはこまめにカラノークに足を運んでその実状を探るつもりでいるようだ。
『しばらく留守がちになると思う。不便を強いて悪いが、身の回りには充分気をつけて過ごしてくれ』
「不便だなんてとんでもないです!〈夜〉の皆さんもいることですし、どうぞ安心して行ってきてください」
以前より精霊を呼び出しやすくなってるんですよね。雪娘は春以降は力が弱くなるそうだけど、「〈声〉くらいなら届けれられると思います。急な知らせがあればなるべくお伝えします」と言っていたし。入れ替わるようにレーナさんが動きやすくなるみたいだし。何より〈星〉や〈オーロラ〉がいてくれれば深夜の明かりに不足しないし。夜盗ぐらいなんとか撃退してみせますよっと……気持ちだけは強気でいます。
春は種まきの作業がいちばん大事だから、記録書の編纂作業は一時お休みです。デニスさんもわたしも畑仕事の手伝いでいっぱいいっぱいに……いや、わたしだけかな。デニスさんはまだ余裕そう。
『そんなことないですよ、まだ土が凍っている場所も多いですから、耕すだけでもなかなか難しいです』
ちょっとズルいかもしれませんが、わたしとデニスさんは〈寒さ避け〉をかけたうえでお手伝いに奔走しております。流石に里の人全員にかけるとか、そういう大胆なことはできないけれど。体がつらくて動きづらい人のぶんまで代わりに動ければね……と思って。
『うーん、あの噂はやっぱ、嬢ちゃんのことかなぁ』
「? 何の話でしょう、トーリャさん」
『いやな、フォークスに黒い髪の雪娘がいるってちょっとした噂になっててな。この寒いのに薄着で楽しそうに動き回ったり、親切に道を教えてくれるって』
何ですかそれぇえええ?! わたしそんな噂になるほど変な行動してました?! たまに来る行商の人相手に少し話しただけだと思うんですけど。
『何処が、とはっきり言えるわけではありませんが、なんとなく印象に残るんですよね、マイヤさんて』
……それ、悪目立ちとか言いません? あーうーもっと目立たずに平穏に過ごしたいんだけどなー……
そんなこんなでトーリャさんの一行もまた旅立ち、春の賑わいにも一時の休憩があった頃でしたっけ。
『あたしは動きやすくて好きな季節なんだけど、あんたの作業ははかどんないのよね』
「仕方ないですよー……腹が減っては何とやら、と言いますし。畑仕事が第一です」
レーナさんとお喋りしながらの水仕事にも手慣れてきた日々に、それは起こった。
『――失礼します。少々、伺いたいことがあるのですが』
川辺から引き上げて家に戻ろうとしていた時に、その人に、声をかけられたのだった……




