73.渦巻くもの
『よりによってこのタイミングでかよ……』
『本当に病死なのか』
『どちらにしてもご高齢でしたから、遅かれ早かれこの結末に至ったでしょう』
大公を邪魔に思う方々が何かやらかしたんじゃないのかとか、ちょっと嫌な考えが一瞬思い浮かんだんですけど、どっちにしてもデニスさんの言う通り、大局に影響はないような気がしている。
『どうなるー。モルジと和平かー』
『それも気になりますが、次の大公は一体どなたになるんでしょうね』
『都の〈民会〉がスヴャトザール公を認めれば、彼が大公に……ならないかな。流石に今の対立状況では、素直に受け入れるとは思えん。ティムール公かセミョーン公のどちらかになるだろうか』
『そこなんだけどな。どうも大公は後継を指名してなかったようで……また面倒なことになりそうだな』
そして数日後、予想以上の面倒事になったと思い知らされる。
『ヴィードラのヴァディーム公が……謹慎を勝手に解いて、都に上って……大公位を主張して、それが認められたんだと……』
……ちょ、そこ、ノーマークだったんですけど!! 何その怒濤の急展開は?!
「はうぅ……展開が、読めません」
ここ数日、井戸端会議の話題にこと欠きません。みんなに会う度こんな話ばっか。
『この国では長子相続は絶対ではないんだが、おおむねそれが守られてきた。それを説得材料に使った……としても、よく通ったな』
『その件についてですが、どうもティムール公およびセミョーン公が譲った、というところが大きいようです』
『なるほどな。弟どもが異議を唱えなきゃ確かにそうなるか』
『国の混乱を避けるために譲った……のか? ある意味的確な判断だが、根本的に間違ってる気もするんだが』
『我儘言ったもん勝ちって状態になってるもんな……』
立候補する人が信用できないって、哀しい現状。
『で、モルジの対応はどうなるんでしょうね』
『今んとこ制圧続行予定』
「和解の方向に持っていかないんですかー……」
『敵の敵は味方にはならない、というところか』
『どっちかっていうと、父親に差別されてた恨みつらみが兄弟に向いてるんじゃねーの……なんかこう、荒んだオーラみたいのを受け取るんだけど』
ローシャさんは情報を受け取る時に、常人より余分なものを受け取っているようなので、他の人だと考えすぎだと一笑に付してしまうことも聞き流せない。そういえば、わたしもときどき〈感情〉を受け取ってる時があるんだよね。察しのいい人なら〈力〉がなくても感じとれる程度のものだけれど、ローシャさんはそれより広範囲、直接合ってない人の思惑にも触れているみたい……あれ? てことは、もしかして……
『どうした、マイヤ』
「いえ、ちょっと用事を思い出したので、失礼します」
いやそんな大した用事じゃありませんから、お気になさらず。レーナさんとちょっとお話してこようかと思っただけですよ。
ヴィードラやヴァディーム公関連はレーナさんたち〈水〉の連中がわりと把握してたと思うんだよね。都も河川系統が違うけれどわかってるみたいだったし。ローシャさんは情報の入手ルートは〈風〉よりみたいだから、わたしが聞いてみよっと。
『ああ……あのへんの話ね……』
あんまり気乗りしなさそうな顔のレーナさんをなんとか宥めて、話の先を促す。
『今いっちばん澱んでるところよ……どうもね、モルジの領主様がうまいこと染まらないから、そのぶんも流れ込んだみたい。なんかもう濁りすぎていて、あたしでも近付く気になれないかも。厳密には〈川の王〉の影響下からも離れてきてるみたいだし』
「それってどういう……」
『〈黒い精霊〉よ。負の感情を集めすぎてしまっている。その〈上〉も出てくるかもしれないくらい、規模が大きくなってきてる』
……今、聞いてしまったことを後悔しました。




