72.厳寒のただ中で
『いい具合に、まとまった量を手に入れることができましたよ』
デニスさん、珍しく上機嫌なんだけど相変わらず腹に一物持ってそうな笑みが怖い。それはそうと、ローシャさんのほうは何とも、釈然としない様子で。
「何かあったんですか?」
『んー……ちょいとな。モルジや都の動向を探ってたんだけど、都のほうの情報に〈乱れ〉がある』
「それは……どういうことがわかるんでしょう」
『情報をブロックしようとする気配があるけれど、しきれていない。隠そうとすること自体はよくあることなんだけど、できてないってことは民の根底にある不安や動揺が強くて制御が効かなくなってるってことじゃないのかな。モルジのほうは戦の覚悟を含めて、比較的落ち着いているんだけど』
『ローシャの情報の読み取り方は感性依存だから、〈力〉のない連中に説明するのは難しいんだが……そのぶん、先手を打って対策できるから、聞いておいて損はないぞ』
『まあ、上のほうが頭を痛めてるのは嫌でもわかるんだよな。何しろ大公自身が、モルジの兵の強さは身をもって知ってるはずだ――大公が兄から大公位を奪えたのも、当時モルジ公として兵を挙げたからこそ、なんだから』
なんて歴史の繰り返し……豊かで文明的な南と、厳しく強い北の対立がたびたび起こっている、ということなんだ。
『このままいくと、モルジが押し切るかな? 内乱でお互い疲弊させすぎてもいいことねーぞ。大公が折れてくれないかねー……』
そうなったら、〈彼ら〉としても信仰の締め付けが緩くなって安心しそうだよね。ただ、モルジのスヴャトザール公はあれでいちおう、マスリーナの教義の入信者となっている。必ずしも〈彼ら〉にとって都合のいいことにはならないかもしれない、んだよなぁ……
そんな懸念を抱えつつ、フォークスへの帰路についた十数日後。
最も日の短くなる時期になっていた。本当に暗くて、1日の三分の一も明るくならない。夏はその逆だったんだけれど……うーんほんと過ごしやすい季節だったなー。
とにかく明かり、明かり! と〈星〉や〈オーロラ〉のみなさんに呼びかけては、読書に作文にと時間を費やしていた。精霊を呼び出すにあたって、既にデニスさんの目は気にしていない。『蝋燭代が浮いていいですね』とのお言葉をいただいたのみである。
吹雪いていなければ、〈寒さ避け〉をかけたうえで軒先で勉強することもあった。雪明かりがめっちゃ明るいです、雪焼けするかもしれないけれど普段が日照不足なんだから、そこは気にしない。
『いやー……マイヤさんの力、本当に冬特化なんですね。順応できて羨ましいです』
もともと寒いのは苦手だというデニスさんにも〈寒さ避け〉をかけ、無理矢理に戸外の読書に付き合わせることも習慣になっていた。確かに、暖房や消費カロリーが少なくて済んでるかもしれない。けれど、これって〈彼女ら〉の加護あってのことなんだよね。もしかしたら、今後は力が弱くなっちゃうかもしれないよね……
『一度発動すると季節や時間の変化に影響されにくい〈力〉というのも、あることはあるのですが』
あれから度々姿を見せにくる、雪娘ことスネグーラチカが教えてくれた。
『月の翁の得意とするところですが、〈空間〉を司る力は条件によっては、長期間維持できるんですよ――あと、私どもの力もですが、〈冷気〉はものの時を止める効果もあるので、何かの〈保存〉を意図している場合は、少しはお役に立てるのではないかと』
「……それってやっぱり、冷蔵庫?」
『冬に皆さんがそういった使い方をしているのはご存知でしょうが、うまく〈空間〉を区切れば、夏だったり年単位だったり、それ以上の期間の運用ができるかもしれません』
『あ、マイヤちゃん、〈魔法の鞄〉得意だったじゃん。あの要領で保存だったり、隠すのが難しいものを隔離できるんじゃねーの』
「なーる……今後作っていくものの保管に役立つかもしれないってことですね。確かに火事とか盗難とか、なるべく被害に遭いたくないですもんねー」
〈魔法の鞄〉は他のヴェドゥーンでも使えるようだから、ヴェドゥーンだけ出入りが容易な場所、みたいなのが作れるといいのかな。出入り制限はあんまり厳しくしたくないけど、まったくないのも危険だろうし……
入れ替わり立ち替わりで様子を見にくる人と、人でない連中の意見を取り入れつつ。ようやっと今後の構想が練れてきたところに、その知らせが届いた。
――ノーヴイ・クリャートヴァ大公ヴァシーリィ、逝去。
享年69歳、死因は病死とのことだった。




