71.決意はできても
橇は二台。面子はデニスさん、ローシャさん、エーディクさん、わたし。オリガさんからいただいたお金をローシャさんが預かっている他、以前のように毛皮なども積んでいる。……いやあの今回は、なるべくエーディクさんのお金は使いたくないんですけど……
『マイヤちゃん、やらせてやってくれ。マイヤちゃんのことに関係なく、あいつも何かやったほうがいいと思うんだよ』
荷物を纏める作業の合間に、ローシャさんが宥めるように口添えしてきた。
『最初に会った頃に比べると、随分マシになったんだけどな。フォークスに来てからも何かと人と距離を置きがちで、どうしても浮いてる感じが漂ってたんだ。マイヤちゃんや司祭殿と関わるようになって、すごく変わってきたんだぜ。里の連中とも自然に付き合えるようになって――まあ、司祭に無理矢理関わらせたのはお袋だけどな』
「そうなんですか……わたしも人のことは言えませんが、人付き合い苦手なほうかもって思ってたんですけど。やっぱりオリガさん達にもわかってたんですね」
『うん、そう。だからマイヤちゃん、つけは無理に返そうとするもんじゃないよー』
「え、あの、どういう理屈でそうなるんですか……?」
『貸し借りが残ってるってことは、その人との縁がまだ切れてないってことさ。これを清算しちまうと、繋がりを断ってしまうことになる。一見いいことのように思えるが、先に繋がらない』
「そう……ですかね? わたしは、やっぱり後ろめたいんですけれど」
『金を貸すのはその人への投資と思え、って考えもあってさ……まあ、どっちにしても無理はするもんじゃないよ。なんとなくだけどさ、マイヤちゃんが自立しちゃうと奴が抜け殻みたいになっちまうんじゃないかって、俺はそんな気がしてる』
「子育て終わって老後に入っちゃうってことですか……?」
『うーん……その例えが合ってるかどうかまでは、俺には解らん』
今まで、何でエーディクさんがここまで親身になってくれてるのか、今一つ腑に落ちなかったのだけれど。その理由が少しだけ、垣間見えた気がした。彼自身も自覚してないのかもしれない……そして周囲の人のほうがわかってることもある、ってことですかね。
『寺院のほうへは、読み書きのための教本を写字するにあたって、特に理解があり熱心な方々の有志でお布施を集めたと説明します。なので、少なくとも半分は建前上の使い方でないとまずいわけです。なるべく情に訴えて量多くせしめたいところですね』
「わたしとエーディクさんで市場のほうを見ています。そちらはよろしくお願いします」
デニスさんローシャさんと別れてカラノークの市場を物色し、目的のものを探し当てた――なるべく規格の揃った羊皮紙の束と、質がよく退色しづらいインクを。
この国で紙代わりに普及している樹皮は、その安価さからメモ用紙として、非常に頻繁に用いられている。ただ、その一方で、長期保存を考慮すると、どうしても心もとないことになってしまうんだ……オリガさんが言うには『乾燥した場所に置いとくと、特にひび割れが進むからね』という話。もとが木の幹の一部なだけにカーブがかかっているから、形状維持もひと苦労のようだ。
で、なら紙はどうかという話なんだけれど、製造に手間がかかって高価で、かさばらないのはいいんだけれど材質が同じなわけだから、やはり長期保存には向いてない。それよりさらに高価になるとしても、丈夫な羊皮紙のほうが向いているだろう――との結論に至った。何故なら、わたしがこれからやろうとしていることは、土着の神や精霊に関わる話を、できるだけ末永く語り継ぐための記録だから。
「……国全体が新しい方向へ向いているときに、古い考えに囚われすぎるのでは、前へ進めなくなってしまう可能性があります。でも、忘れた頃に、昔から受け継がれてきた考えが役に立つこともあるだろうと思っています――偶像を造ることが禁じられ、口伝を耳にする機会を失われてしまう前に、できるだけ、書き記しておきたい。思想を広める教典としてではなく、ありのままの事実を残した、研究書として」
ひとしきり、自分の言いたいことを吐き出してから、傍らのエーディクさんを見やった。
「〈彼ら〉は、これでは満足しないかもしれませんね……でも、真っ向からぶつかって、跡形も無く破壊したり、させられたりというのは、わたしにはできない。わたしは、〈残すこと〉を第一に考えたい。……甘いと、思いますか?」
『マイヤが真剣に考えていたことは、俺もオリガ達も、皆知っている。充分過ぎるくらい、よくやっている――だから、何も気にしないで、マイヤが正しいと思うことをやればいい。俺も、俺のできる限りで力になるから――』
横から頭を抱えられて、抱き込まれる形になった。ほっと安心する反面、なんだか切ない。これが絶対に正しいなんて、確信を持って言えることじゃないのに。自分では手に負えない大きな力に振り回されて、周りの人々を振り回して。これが一体、いつまで続くんだろう。もしかして、一生、なんだろうか……
何処からともなくグースリの旋律が聞こえてきて、はっと顔を上げた。エーディクさんもその音に気がついたのだろう、周囲を見渡して音の出所を探った。見当をつけた方向に駆け寄ったものの、演奏者らしき人物は見つけることができなかった。




