68.話が逸れて逸れて
『――ああ、でも流石に住み込みは許してもらえませんか、保護者様には』
「いえ……そんなことはないかと。わたし、ずっと厄介になってるから、そろそろ独り立ちしたほうがいいかなって思いますし……」
『……そうですか』
「ちなみに、お給料もらえるんでしょうか」
『あまり多くはありませんが、一応。あと、副業は自由です。他の娘さん達のように内職しても構いませんが』
アレですね、糸紡ぎとか機織りとか。あれも糸や布をお金や食べ物に交換してもらえるから、わかりやすく稼げるんだよね。
「そっか。じゃあ、今までの分も少しずつ、エーディクさんに返していけるかな……」
『……』
珍しく、なんとなく居心地の悪そうなデニスさんの視線を感じながら、その場で考え込んでしまった。
『まあ、住み込みというのは急でしょうから、とりあえずは通いのお手伝いからと考えていただければ。とはいっても常に患者が来るわけではありませんから――マイヤさんだけ、読み書きの勉強で医術書を読むというのはどうでしょう』
「そ、そうですね。それなら今やってることとそんなに変わるわけではないですし。少しずつ、覚えていけばいいですよね」
いま子供達と一緒に読んでるのは、マスリーナで伝わっている、動物達の出てくる教訓話なのだけれど。デニスさんが極力『露骨な教義の刷り込みは避けたいので』と、宗教色の強いものは避けてるらしい。医術書となるとそれより格段に難しくなるだろうけれど、読めて損はないだろうから、今後はその方針でお願いすることにした。
『何だか、一部から見た場合、余計なことを勧めていると思われる気がしてなりませんが』
「でも、何でもやってみないとわかりませんからね。後悔もやった後でなければできませんもの、なるようにしかなりませんよ」
『……何処ぞから恨みを買わないことを祈りますか』
「?」
それきり床に入ってしまったデニスさんを置いて、わたしも帰らせてもらうことにした。
……あ、他にも聞きたいことがあったんだけどな。二重信仰ってのがどんなものなのかとか、今日の勉強の後に聞こうと思ってたのに。看病からのお仕事紹介ですっかり脱線してしまった……まあいいや。明日も容態を見に行くつもりだから、その時デニスさんの調子が良さそうだったら話すことにしよう。
『よっ』
「ローシャさん、来てたんですか」
『チビ達から聞いたよ。司祭様の具合はどうだった』
「不摂生からの風邪……でしょうかね、慣れない寒さに参っていたみたいです」
『風邪かー、ならペチカにぶっ込めば治るさー』
「本当ですかそれ?!」
『俺がガキの頃はいつもそうしてたぜー』
『明日様子を見に行って、まだ治っていないようならぶち込んでみるか』
以前蒸し焼きエピソードに言及していたエーディクさんが言うとちょっぴり不穏です。それはそうと、本当にこの地方のペチカ信仰はすごいですね……デニスさんも『ここではあの暖炉が医者みたいなものですからね……』って溜息ついてましたっけ。こんなんで医者のお手伝いって職に需要があるのか、少々不安になってきました。
翌日、暇のできたエーディクさんローシャさんと一緒に再び寺院を訪れた。いくらか顔色のよくなっていたデニスさんは、大所帯で来たところを目の当たりにして『だからこんなことになる気がしてたんですよ……』とポツリと呟いた。
「?」
『いや、やはり保護者様方の監視が厳しいようで』
「あ……いえ、その話はまだしていないので。今日は別件です」
そっちはわたし個人の問題だけれど、もう既に周囲を巻き込んでいる問題がありましてですね……雪娘との話以来ずっと頭を悩ませていたのだけれど、〈異なる信仰のバランスをとる〉ことに関しては、おそらく最も詳しいのが、デニスさんなんだよね。なんとかならないものかと、とりあえず「意思疎通のできる精霊達が、異教の導入をすごく気にしている」ところまでを彼に話した。流石にヴィードラやモルジの動乱にまで関わっているとは言えなかったのだけれど。
『……そういうことがあるのですか。やはり、直接声の聞ける方は大変ですね。大災害などに通じる可能性がありますから、放っておくわけにはいかないでしょう……とはいえ、二重信仰の形態をとれば安心、というものでもありませんが』
『正規の形態からしてみれば、〈教義を歪めている〉とみなされているからな』
『ですね……とりあえず私が赴任中のフォークスに限っては、黙認することはできますが。それより先の将来、それより広い範囲となると、果たしてどこまでできうるのか……』
ひと息ついた後、デニスさんはこう続けた。
『とりあえず、精霊達が不満を感じている、ということでしたら、その声をなるべく広く集めることですよね。不満を受け止めてくれる相手がいる、というだけで落ち着くかもしれませんし――あ、人間相手の場合に限った話ですけどね。他にも、微々たる努力かもしれませんが……』
ポツリポツリと続く彼の言葉に、その場にいる皆が、静かに聞き入っていた。




