66.当事者は誰
「……」
朝の水汲みの最中にやってしまいました。出来心で「この水、一息でどのくらい凍らせられるかなー」と思った直後、汲み上げてる最中の水桶ごと凍り付かせてしまいました。……冬に凍りついた滝みたいな光景になってる。
も、戻せるのかなコレ。溶かすイメージでは駄目そうだったので、アイスピックで突き崩すように〈力〉をぶつけてみた。ガリガリ砕いてなんとか水桶を手に取ることができました……まだあちこち、氷が貼り付いてるけど。
『あ、ん、た、ねぇ……』
「ごめんなさいっ! つい、もののはずみで」
なんとか水が汲み直せるようになってから、汲んだ水と一緒にやって来たレーナさんに平謝りした。
『……ったく、ただでさえあたし達は冬は動きづらいのに……〈氷〉の連中には負けちゃうのよ。これ以上行動範囲狭くしないでよ』
「気をつけまーす……」
でも、せっかくなのでレーナさんを呼び止めていろいろお話しすることにした。デニスさんが家にいた間はなかなか会いに来てくれなかったんだよね。例によってお茶入れて居間に来てもらって――エーディクさんもいるんだけれど、わたしがこの間の雪娘との話をぜんぶ聞いてもらったって話をしたら、なんか諦めたような溜息を吐かれて。その後は遠慮なく喋ってもらうことにした。
『そう……やっぱり〈闇〉が全面的にあんたの後ろについてるわけなのね。そうなるとやっぱり〈水〉も、あんた寄りで動いてるんだと思うのよ』
「〈川の王〉もなんですか……じゃあ、北西部や北部の様子とかも、わかりますかね」
『ん、まあね。ヴィードラのほうは囲い込みすぎて気づかれたみたいだから、モルジでは慎重にやってるみたいよ。ただ、モルジは規模が大きくて人間の思考も多様だから、完全に反大公ムード一色ってわけでもないみたい。聞いた話じゃ、モルジのトップの精神にまでは影響できてないんだって』
「スヴャトザール公ですか? あ、そういえば〈納税拒否〉であって〈宣戦布告〉ではないんですよね。大公側にとっては同じみたいですが」
『そうだな。もっとも、地方都市で公の権限というのは〈民会〉に比べれば、大したことはないんだが。公は〈民会〉の総意を伝えただけに過ぎないだろうし』
「え……? そういうものなんですか??」
意外、もっと公のリーダーシップが強いものかと思ってたんだけど。
『公は都から大公の命で派遣されているわけだが、〈民会〉に認められてその地位についているようなものだ。だから、大公の命よりも〈民会〉の意思を優先しなければ、その地位が危うくなる――それで、今回のような地方の造反が起こるわけだ』
ど、道理で父親の命令に逆らうとか、変な事になってるわけですね……
『まあ、なのでこの国は王制の体裁をとってはいるが、実質的には共和制に近い――民の心の掌握が大事なんだ。公とドルジーナの距離が近いのも、それで士気を高めるのが狙いのようだしな』
「な、なるほど……てことは、カラノークでもやっぱり、セミョーン公より〈民会〉の意向のほうを気にしてたほうがいいってことですかね?」
『というか……あんたがある程度はコントロールできるってことなんじゃない?』
え、マジですか……?
『何のために〈闇〉がついてると思ってるのよ。〈精神〉を操る力を受け取ってるわけよ』
「え……でも、それはやっぱり、よくない、事じゃ……」
急に、ゾワっとした悪寒に包まれて思わず自分で自分の肩を抱いた。ふらっとよろめいたところを後ろから支えられた。返り見ると、エーディクさんの心配そうな顔が間近にあった。
『無理はしなくていい。中途半端な覚悟では、きっと〈闇〉を制御しきれない』
黙ってしまったわたしを見て、レーナさんは、なんとなくつまらなさそうな顔をしていた。
『ねえ――あたし達は、希望を持っちゃ、いけないかしら』
「レーナさん……?」
『このまま謂れもなく居場所を追われて、忘れられて。最後に、あたし達はどうなるのかしら』
「……」
無言のまま、レーナさんはすっと席から立ち上がり、髪をひるがえして外に出ていった。
『彼女も、不安なんだな』
ポツリと呟いたエーディクさんの一言が、なんともやるせなく心に響いた。




