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62.芸術は奥深い

「なんとか、間に合いましたね」

 いやもうホント、霜も降りてきてけっこうギリギリでしたがなんとか! 無事、フォークスの寺院が完成しました。見た目はほとんど一般家屋と変わりありませんがー、ところどころマスリーナの教義のシンボルの幾何学模様があったりで、ちらちらと中途半端にお洒落になってます。確かこのあたりの部品だけ、南方の職人さんが手を加えていたんですよね。

『いや本当によかったです、どうにも政情が不安定になってきましたからね。中途半端に放置されなくてよかったとしか』

 いまは内部の調度などを整えていて、もうじきにデニスさんが移ることになってます。ちらっと中を覗かせてもらったのだけど、控えめに作られている祭壇もやっぱり、上品ではあるけれどそこはかとなくゴージャス感が漂うんですよね。壁に設置されたイコンなんかも、けっこうな芸術作なんだろうな……あれ?

「あの、デニスさん、この絵って誰が描かれたか、ご存知ですか?」

『いえ、私は……手配の方には、少しくらい小さくてもいいからできれば安くとお願いしていたんですけどね。まだ名の売れていない画家だと思いますよ』

「もしかして……、あ、いいや、あとでエーディクさんに確認しとこう」

『エーディクさんですか? でも彼、ここに来ますかね』

 来たくないかなあ。でも、一度くらいは見てもらいたいなぁ。だって、たぶんこれ、ミクラさんの絵だと思うんだよね。筆致とかそこまで詳しくわかるわけじゃないんだけど、歌の時とかにも時々感じるイメージの流入で、なんとなくそんな気がしてる……


『そうか、そういえば、こっちの絵も飾るのをすっかり忘れていた。気にしそうな同居人がいなくなったら飾るとするか』

『私でしたらお気になさらずともよかったのに……すみません、少し興味があるので見せていただけますでしょうか』

『……』

 麻布に巻かれたままだったミクラさんの絵を、エーディクさんが持ち出してきた。それを遠慮なく凝視していたデニスさんが、おもむろに自分の首から下げていた真鍮のメダルを手に取り裏返す。表にはマスリーナの教義のシンボルが彫られていて、それはわたし達もいつも見ているのだけれど、裏には……何だろう? 波形の放射線のようなものが彫られ、中央には何かの顔がある。太陽? 雷? それとも蛇? そんなイメージを受ける。

『ずいぶん簡略化してあるようだが、それもなのか』

『……ええ。師から頂いたものです。「お前はまだしばらく、それを手放さないほうがいいかもしれない」と言われていました』

『二重信仰を許容していたのか』

『なるべく内密に、とは言われていましたが。何故かと聞いたら「その理由は自分で探せ」と言われまして。以来このままです』

『それで、その理由はわかったのか』

『……確証はありませんが、南の教義だけでは充分ではない、ということではないかと。そういう人だったんです、足りなければ何でも使う主義の』

「デニスさん――もしかして」

『この紋様は、師がわたしの〈力〉から感じ取ったイメージを形にしたらこうなった、と言っていました。明言はできませんが〈雷〉と捉えるとしたら主神ペルーン、〈太陽〉と捉えるとしたらダージヴォーグ、でしょうがこれらは広く信仰されるもので、私個人との強い繋がりは感じ取れないように思っています。どちらかというと――〈蛇〉』

 デニスさんのその言葉に続いて、ざわっとした空気の揺れを感じ取った。

 『大地の精霊とも、悪意の黒い精霊とも称されるズメイ。ある占い師にはこう言われました。豊穣の秋の加護、酩酊と狂気の神に通じているとも』

 ペルーンとダージヴォーグはわたしも知っている。主神たる雷神と、暖炉の主ドモヴォーイの上位の存在とされる太陽神。でも、黒い精霊に関してはわたしにはよくわかってない。ただその名前を聞く度に、不吉なイメージが浮かび上がってくる。

『いやぁ、その時は縁起の悪いもの言いばかりで辟易しましたよ。時々気分が悪くなるので、そういうのを調べる時は休み休みにしています。お二人も充分気をつけてくださいね』

 にっこり笑って、それからまたミクラさんの絵に視線を戻し

『綺麗な絵ですね。これは、描かれた方の心身が健全な状態だったのだろうと思います。ほら、ここに様々な獣とともに蛇も描かれていますが、暗い念は感じられない。これらは概念で言えば白い神々、〈ベロボーグ〉を示したということでしょうか』

「白い神……ですか」

『チェルノボーグの対極とされる存在です。これも南で知られる伝説ですが、何故か取り沙汰されるのはチェルノボーグのほうばかりなんですよね……やはり人間、気になるのは幸福の神より厄病神なのでしょうか』

 デニスさんは丁寧な手つきでエーディクさんに絵を返し、『貴重なものを見せていただいて、ありがとうございます』と礼を述べた。

『そういうわけですが、今喋った話は内密にお願いしますね。最近その手の締め付けがきつくなっているようなので。私は破門になっても仕方ないかと思いますが、それで後任の司祭がガチガチの異教弾劾派だと、皆さんにもあまり面白くないことになると思いますので』


 その数日後、デニスさんは荷物をまとめて寺院に移った。

『今までお世話になりました。今後もご近所ですから、どうぞよろしくお願いしますね。何かあったらご相談ください、秘密は守りますからね』

 デニスさんの相変わらずの穏やかな笑みが、その時は少し悪戯っ子ぽいものに見えた。

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