61.家庭学習
「う〜ん……」
『何か腑に落ちない点があるようだな』
その日の晩まで時々考え込む様子を見せてしまったので、エーディクさんに声をかけられてしまいました。
「すみません……たいしたことじゃないんですけど。大公やスヴャトザール公が何を考えて動いているのかが、まだよく解っていないみたいで。モルジや都にいるうちに、もう少しいろいろ聞いておけばよかったかなあって……」
『あまり詰め込み過ぎても忘れるだろうから、その辺りはわざわざ言わなかったんだが。俺とローシャはおおかた把握しているから、わかる範囲で話を聞くが』
「ありがとうございます……大公とヴァディーム公が仲悪くなってしまったのは以前聞いたんですけれど、スヴャトザール公とはどのへんがうまくいかなかったんでしょうか」
『末のセミョーン公を押し上げようとしている動きに流されている……というのは、正直眉唾なんだが。さすがに、セミョーン公には実績がなさすぎる。本当に次期大公としての期待が高かったんだ、スヴャトザール公は……だからこそ、やるべきことをやったんだろうな』
「大公の今の政策に、問題があるってことでしょうか」
『国を拡大しつつ安定させたのは、間違いなく現大公の実績なんだが。非常に積極性のありすぎる人なので、恨みを買っていないほうがおかしい』
積極性ねー、そういえば奥さんもお妾さんも沢山いらっしゃる話だけは覚えてますよ、アグレッシヴって言葉がぴったりくる人なんだろうな。
「国を豊かにする方針での税負担はともかく、せめて宗教儀礼のほうの出費の見当はなんとかならなかったんでしょうかね」
『もともと、大公はあの儀礼の荘厳さを気に入っているようだからな。見る人によっては絶対的権威を見せつけられて、反抗心を喪失してしまうだろう。そういう効果を狙っているのだろうが、確かに敵対者には効果的なんだろうが。その負担の出所からすれば、怒りも怨念も募るだろうな』
この場にいないローシャさんの『あんなもんに金つぎ込むなんて、ばっかみてー』という台詞がリフレインしてきた。自分もそう思ってしまうクチなので、同調してるみたい。
『……ただ他にも、あのくらいハッタリを効かせないと南西諸国と対等に渡り合えない、というのはあるだろうな。対外政策としては効果は出ているようだ。なのでつまり、内政の問題になるわけだが』
「モルジもすごいですよね。正直、カラノークだとここまで強く出られないんじゃないかって気がしてますが」
『確かにそうだな。以前も少し触れたが、北西の傭兵の力を借りつつ腕っ節頼みで地域を纏めあげていった歴史がある。本来の性根が喧嘩っ早いこともあるんだが、質実剛健をモットーとするところも見受けられるので、いくら南の文明が洗練されていようが導入されてこようが、根底のところで響いてこないのではないだろうか』
「スヴャトザール公も、そういうところがあるということでしょうか……?」
『そう思えるかもしれないが、彼はどちらかというと都会的なほうだ。カラノーク公だったころから文字の普及や法整備に熱心だったと聞いている。なので今に至っても支持が高いわけだが』
そうなんだ、田舎だけど住みやすくて居心地がいいとは思っていたんだけれど。うまく快適さが導入されていたんですね……
『だからこそ、スヴャトザール公が気質の荒い民をとりまとめてもどうにもならない、と判断したうえでの今回のこの騒動だ。これが例えば、戦に明け暮れているティムール公あたりの起こしたことなら、逆にただの血の気の多い連中のバカ騒ぎ、とみなされるところだろうが』
「思ってる以上に深刻、ということなんですかね……」
『少なくとも俺は、そう思っている』
『――いやあ、興味深いお話を、ありがとうございました』
「あれ? いたんですか、デニスさん」
『お二人が話に熱中しているので、そのまま聞き入っておりました』
『……あんたから見たら、また違う意見も出るんじゃないのか』
『とんでもないです、私も北部の事情はそこまで詳しいわけではありませんから。ここまで丁寧なお話はなかなか聞けないので、とても勉強になりました』
『あんたに聞かせてたわけではないがな』
『そうですね、でもマイヤさんもとても勉強熱心なんですね。もしかして小さい頃からそういう勉強なさっていたんでしょうか』
「えーあのー……」
『その件に関しては、詮索するな』
『やっぱり駄目ですか。すごく気になるんですけどね』
いえいえそんな、大したことないですよ。単に別の世界から来て何も知らないから、とりあえず何でも知ろうとしているだけですよ……




