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58.悲壮感漂う

 今日は戦いの日だ。

 ――いやあのですね、何でこんなに気負い込んでいるかっていうとですよ。以前亜麻の収穫を手伝ったお宅のところで、さらに繊維とりの作業があらかた済んだようなんですね。で、次は糸紡ぎのお手伝い、というか修業に行くことになっていまして。

『なんていうかマイヤさんの、野菜の収穫の時とのテンションの違いが見ていて面白過ぎます』

 外野は黙ってー。こっちは真剣なのよー。


 ヴィードラほどではないけれど、この地方も亜麻はメインの作物になっている。亜麻布はほぼどこでも必要とされるため、塩や香辛料と並んで通貨として通用するレベル、の重要な交易品なんだそうだ。もうひとつの主力作物であるライ麦は、南のほうの小麦に比べて食感が今イチという評価で、そこまで汎用性が高いわけではないんだけれど。(栄養価はライ麦のほうが高いと思うのにな……)

 羊毛は、冬用のサラファンとかにはいいけれど、やっぱり直接身に付けるにはちょっと……という肌触りだし。フェルトにすると織る必要はないから、絶対に糸にしなくてはいけないわけでもないし。綿は南の特産物だからかけっこう高価みたいだし『強度が劣るから、頻繁に洗濯するものに使うと案外使い勝手が悪いんだよねー』というお話だし。絹は論外だろうし。

 そういうわけで、亜麻の糸紡ぎが上手な娘は引く手数多、嫁の貰い手ももちろん数多、嫁に行けなくても安定した稼ぎが見込めるためむしろ独身女性にとっても必須スキル、という認識で、もはや逃れられる気がまったくしなくなりました。

 この職で失業する時は、たぶん機械化が進んだら、じゃないかな? どう考えてもあと何十年かは失業しないと思うよ……。


『無理はしなくていいと言っているんだが……さすがに完成した服の状態で買うのはいろいろと不都合が多いから、仕立ては自分でできると便利だが。布の状態で買っておくくらいは、そこまでの出費でもないぞ』

 その布の状態のものが作れて売れれば立派に職業として成り立つんですってばー!! 今まではどう考えても私の作業スピードが、私のぶんの衣服を用意する時間に間に合わなかったから買わざるを得なかったんでしょうけど。ほんとに長期戦になってきたからやれることからやっていきたい。いつまでもエーディクさんの貯金食いつぶすとかやってられません。


 そして糸紡ぎ器に施されていた装飾の意味がやっとわかったんですけど、今回のように各自が糸紡ぎ器を持ちよって作業する場合、他の人のものと間違えないようにするためみたいですね。本来の形状がシンプルなだけに、これに何も模様とかがなかったら本当にわかんなくなります。なるほどーそういうことだったんですかぁー。

『あら、それだけじゃないのよ』

 くすくす笑うスヴェータさんの言葉に、思わず小首を傾げてしまう。

『これはね、男の人が、お嫁さんになってほしい人のために一所懸命作って、完成したものを彼女に渡してプロポーズするのよ』

「……」

『だから、結婚している人の使っている糸紡ぎ器は、必ず旦那様が作った、世界にひとつだけのものなのよ』

 ……あああああ、そういえばローシャさんがなんか言ってた気がする! しきりにエーディクさんに作れ作れとか言ってたような……

『そういえばローシャが言ってたわね、マイヤは知らないで糸紡ぎ器が欲しいって言っちゃったのね。もし知ってて言ってたら逆プロポーズになってたわね』

 うわーんローシャさんのばかー!! そんなこと外野に漏らすとかひどすぎるー!!


 そんなこんなで憤懣やるかたない思いを糸紡ぎの作業にぶつけて、黙々と半日過ごし。

『まあ、ずいぶん上手になったんじゃない?』

「そ……そう言ってもらえると嬉しいです、報われます……」

 これもオリガさんとスヴェータさんとキキーモラのおかげです。キキーモラ先生は何も言わないけど、暗黙のうちに『このくらいの品質の糸を維持しなさいよ!』と主張しているかのように、時々ハイクオリティの糸を巻き付けておいてくれましたからね……

『まあ、そこまでできれば上々かね。もう少し量をこなせたら、次は機織りを覚えようか』

 ……うう……布一枚仕上げるのも、まだまだ先が長いです……


『今日はマイヤさんお疲れのようですねー、私が食事の支度をしましょうか』

『無理はするなと言っておいたのに……』

『畑仕事に専念する方でしたら、絶対に必須ってわけでもないと思うんですけどね。正直、マイヤさんの手料理と引き換えかと思うと、こっちもちょっと辛いですね』

『あんたは、坊主のくせに贅沢に慣れすぎだ』

『それは、お互い様だと思いますが』

 家に帰ってからしばらく泥のように眠りこけていたので、エーディクさんに起こされるまで、何があったのか覚えてないです……。

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