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54.予想外の炎天下

「皆さーん、休憩ですよー」

 緑が眩しい青空の下で、思いっきり声を張り上げた。手に抱えた瓶にはクヴァースという、ライ麦を発酵させた微炭酸の飲料が入っている。それを木のカップに注いで、力仕事の手を止めた男の人達に渡していく。

「お疲れ様でーす」

『うー、やっぱこの一杯で生き返るわー』

 ローシャさんとかもそうなんだけど、コレが一汗かいた後に飲む定番のようで。今までお風呂上がりに飲んでるところも見たけれど、今回のように白昼の労働の後にもよく飲まれるらしい。微アルコールなんだけど、普段強烈な酒に慣れてる皆さんからすれば水も同然らしく……『さすがにこんな昼から蜂蜜酒とかやんねーって、具合悪くなるし』というレベルの差だそうです。微量でも作業の手元が狂うとか、やらかさないのかちょっと心配になるんだけど、気にしすぎても仕方ない。

『マイヤちゃん、こっちにも一杯』

「はーい! 今、行きます」

 冬の間はあまりちゃんとしたご近所付き合いをしていなかったのだけれど、寺院建設に駆り出されている人達を手伝ううちに、わたしの顔もなんとか覚えてもらえたようだ。最初は仏頂面でやりとりされていたこともあるんだけど、今はごく自然に笑いかけてもらえるようになったりで、地味に嬉しい。

「エーディクさんも、どうぞ」

『ああ』

 内心この作業に駆り出されるのが嫌なんじゃないか、と思えなくもないエーディクさんは、ただただ黙々と作業に集中している様子。『はやくお邪魔虫を追い出したくて、仕方ないんじゃないのかなぁー』とはローシャさんの談だけれども。それを言われるとわたしも、居候の身だから辛いんですけれど。今までなあなあでやってきてしまっているんだけれど、その件に関してもなんとかならないもんだろうか……


「あれ、エーディクさん?」

 クヴァースを飲み終えたエーディクさんが、何かに気を取られたかのように遠くを見つめていた。そのまま近くの茂みに分け入って行くのをただただ眺めていたけれど、はっと我に返り、慌ててその後を追いかけた。今、何か〈力〉の気配がした……?

 黒い布が目の前で翻されるような、変な感覚に思わず目を瞬いた後、エーディクさんの後姿に追いついた。あれ、あの近くにいるのは、確か……

『……定していない……揺らぎが、強くなっ……』

『〈浄化の加護〉、手荒だが……するしか、……!!』

 モフっとした毛並みの一羽と一匹、〈スィム〉と〈リグル〉の声が聴こえてきた。エーディクさんに話しかけてるんだよね?! なんとなく焦ったようにも感じ取れるその声音に、嫌な予感をおぼえるが早いか、エーディクさんがその場に膝をついた。頭を押さえている、具合が悪いんだろうか……?

「エーディクさん!」

 慌てて駆け寄ろうとしたら、鋭い声で『来るな!』と制された。〈力〉の籠ったその声にビクンと立ち止まると、その直前あたりから空気がムッと蒸し暑くなって、視界が大きく揺らいだ。どういうことなんだろう……陽炎みたいな光景なのだけれど、日本の猛暑の炎天下みたいな、場違いな感じがする。で、その中心は、おそらくエーディクさんなのだろう、わたしにもはっきりと〈力〉の流れが感じ取れる。

 屈んだままのエーディクさんの足元が、さらに歪んで見えた。煙、そして眩しい光の〈炎〉が立ち上がる。あああ下草が燃えてる?! 火がだんだん大きくなってきてる、はやくなんとかしないと!!

 とりあえず目を閉じて、炎の光景を視界から追い出した。次に冷たい〈水〉、少し前まで水仕事であたっていた井戸水の冷たさを、無理矢理に思い起こす。大きく手を広げて、冷水の入った水桶をぶっかけるように、その〈力〉の流れをエーディクさんに向けて思いきりぶつける。

 少し弱くなった〈炎〉の中を突っ切って、エーディクさんの傍まで一気に駆け寄った。深く考える間もなく、わたしはもっとずっと冷たい〈氷〉のイメージを思い描いて、その力の籠った両腕でエーディクさんの両肩にがしっとかじり付いた。煙のような湯気のような白いものが、エーディクさんの上半身あたりから立ちのぼる。

『マ……イヤ、か……』

 エーディクさんの途切れ途切れの声が聞こえた後に、〈炎〉の力は次第に弱まり、目に見えた火も鎮まっていく。両手で掴んだままだったエーディクさんの上体がぐらりと傾いで、こちら側に倒れ込んできた。

「っわわ、お、重いですーっ!」

 慌てたけれども、いちばん危険な状態を脱したのは実感できていたので、ちょっと気の抜けた声を出してしまった。な、なんとかなった。でも、この後は、どうしよう……

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