53.変わりゆくその先に
暖炉の外で繰り広げられていた物騒な会話に気づかず、わりと早くにお風呂を出て来たデニスさんの次にエーディクさん、最後にわたしの順番でお風呂を済ませた。終わったら脱衣時に使っていた衝立をわたしのベッドの傍に持っていくので、最後はわたしという順番が定着していたのだけれど。
「それでは、お休みなさい」
『え……お二人、別々なんですか?』
「?」
一瞬何のことを言われてるのかわからなかったのだけど、デニスさんがわたしとエーディクさんを交互に見比べて、小首を傾げる。
『あ、もしかして、私に気を遣われているというのでしたら、どうぞお気兼ねなく――それとも、場所を考え直したほうがいいでしょうか。私はもっと隅のほうにでも』
「待って待ってデニスさんなんか誤解してませんか?! ここがわたしの定位置ですよ!」
思わず声が裏返ってしまったのだけれど。
『え、でも、旅の間はいつも一緒で、あの距離はどう見ても夫婦』
「他が知らない人ばかりだったから、そうなってただけですよ!」
『皆さんもそう思って疑ってませんでしたが』
『説明が面倒だから誤解を放置しておいただけなんだが……親戚から預かっている娘だ』
デニスさんはしばらくの沈黙ののち、軽く息をついた。
『……なるほど、そういうことですか。どちらかというとご夫婦ではなく親娘のような間柄なのですね。そうですかなるほど』
何だろう、いま言葉の端に何か不審な気配があったんですけど。何か疑われてますかね……?
最初こそぎこちなかったものの、デニスさんは少しずつ里の生活に馴染んでいった。いちおうローシャさんが『エーディクは南の教義が苦手でここまで来て落ち着いたようなもんだから、奴にそっち方面で干渉するな』と釘を差したこともあって、そこに踏み込むような無神経なことはしていない。オリガさんも無理矢理な改宗は厳禁と、念押ししていることだし。
『私も、なるべくその地域のやり方に合わせたいと思っていますから、大丈夫ですよ。今はどちらかというと、私がここの生活に慣れるのに必死ですし』
うん、私ほどではないけれど、デニスさんもあまり慣れてなさそうなんだよね……
「今までは、どのあたりに住んでらしたんですか?」
『南部の湾岸都市のひとつでしてね、やはり環境が全く違うというか――単純な暑さ寒さの問題もありますが。特にこちらは、あの暖炉の存在感が際立ってますよねー……』
まさにその通りで、北部では暖炉は家の生命線と言っても過言ではない。改築予定の家屋も、まず暖炉の経年劣化がないかどうかのチェックと、その修復が最優先事項なんだそうだ。もちろん、その下の土台が腐っていないかも重要なんだけど。
『人手ってのもさ、増やしたところで泊める場所がないわけだから、つまり里の男衆を駆り出すわけだろ? てーことはつまり、畑仕事に影響が出ないように、ってやっぱ結構な負担になるわけで……』
時間は畑仕事を終えた午後がいいとか、日当はなるべく食糧支給でとか、いろいろ取り決めているうちに、カラノーク経由で中央の情報も入って来たりで。デニスさんは夕食時には、そういった話もいろいろ教えてくれた。
『そういえば、都で特に目立った話があったようでしてね。ヴィードラのヴァディーム公が謀反の疑いありと目されて、繋がりがあると思われるヴィードラの貴族が軒並み粛正処分に遭ったそうです。そのうえで、ヴァディーム公の処分はそのままヴィードラに幽閉、と決まったようですよ』
『……また、大公も本気で潰しにかかったんだな』
「そこまで、しなくちゃならなかったんですか? 何で……」
ヴィードラって、モルジの後に行った場所だよね。ヴァディーム公ってのは大公の次男で、大公との仲がよくないとは聞いていたけれど。何もここまですることはなかったんじゃ……
『もともと、ヴァディーム公の母親はヴィードラの少数部族の長の妻で……要するに略奪婚だったんだが。大公の妾になってからヴァディーム公の産まれるまでの日数が、幾分早いのではないかという噂が当時からあったんだ』
「え……それってまさか、実の子じゃないということでしょうか」
『まあ、それが、大公とヴァディーム公の確執の根本だろうな。とりあえずこれでヴァディーム公は、継承権争いから完全に外れたことになる。残るはモルジのスヴャトザール公、南東部ヤーシリツァのティムール公、そしてカラノークのセミョーン公』
『特に有力なのは総合的な実績で勝るスヴャトザール公か、マスリーナの後ろ盾の強いセミョーン公でしょうね……どうなることでしょうか、大公ももう齢六十を過ぎていらっしゃいますからね』
ざわりと、胸の奥で何かが騒いだ。留守番の時、レーナさんと過ごした夜の彼女の言葉を思い出す。『これから、ひと波乱もふた波乱もあるだろう』って――




