43.不意打ちには慣れない
『……』
『しょ……しょうがねーだろ、こうなっちまったもんはよ……』
メドヴェージを発つにあたって、南方の特産品――冬から春先に採れる野菜・果物の加工品や海産物、石鹸などを扱うアナトーリイ氏の一行と同道させてもらうことになった。わたしが〈力〉の実践演習をしている間にローシャさんがまとめてきた話で、特に不満も何もなかった……当日までは。
『もうひとり一緒に行くのが増えたけど、問題ねえよな? そいつの命まではお前さん等の仕事の範疇じゃねえし、お前らもコブがついてるようだし』
トーリャと呼ばせていただくことになったアナトーリイ氏から何気ないひと言で知らされた、もう一人の同行者の存在がそこにあった。わたし達と同じような東部ないし北東部に住んでいる人なのかと思ったのだけれど、ひと目見てそういう出で立ちではない、というのがわかった。健康的な小麦色の肌に、濃褐色のくせ毛と同色の瞳。ローシャさんよりやや小柄な男性で、その動作はゆったりと落ち着いている。何よりも目をひくのは、男性にしては珍しい裾の長い上衣で、華美とまではいかないけれど繊細な南様式の刺繍が入っている。首に下げたメダルが示すのは、あれは確か――
『……マスリーナの祭司か』
『はい、デニスと言います。どうぞよろしくお願いします』
体格から思っていたよりも低い声で挨拶し、彼はにっこりと微笑んだ。
この仕事を受けるにあたって、レーナさんは最初から頭数に入れないことにしていた。傍目から護衛として通用すると思えないことと、どうしても食事や休憩などで不審に思われてしまう可能性があったからだ。彼女は都から北東に流れる河川に沿ってついて来てくれているはずで、わたしとしては水を汲む機会などがあれば、その折に話ができるだろうと思っていた。
「まずいですよね……レーナさんに次に会ったら、気をつけるよう言っておきましょう」
『そっちもだけど、こっちにも機嫌悪くなってる奴がいるから、マイヤちゃんがなんとか宥めてやってくれ……』
南の宗教に苦手意識が強いらしいエーディクさんは、他人には解らないだろうけどれど、昔出会った当初のような緊張感を張り巡らせている、気がする。
「大丈夫ですか?」
『……いや、俺は大丈夫だ。マイヤこそ、不用意に力を使わないよう気をつけたほうがいい』
「はい……」
一見すると優しそうに見える男の人だけど、現場を見られてしまったら態度が豹変するかもしれないしね。ほんと、気をつけよう……
デニスさんは親しみやすそうな童顔なのだけれど、落ち着きがあって、実はけっこう年上なのではないかと思える。旅のメンバーには時折手伝い、話しかけて、今後行く東部や北東部の様子を聞いたりもしている。休憩の時には何やらブツブツ呟いていたりもするけれど、どうやら祈りの文句のようだ。こういう言葉はわたしの耳には、歌の時のようにはっきりした発音ではなくイメージで伝わってくる。輪郭がぼやけた人影、光のイメージ、よくわからない上から下へと突き抜ける感覚――ものすごい拒否反応が出るというわけではないけれど、完全に身を任せる気にはなれない。なんとも謎な体験をしてしまった……。
『どうかしましたか? 具合でも、悪いのですか』
気がつくと結構な近距離で、デニスさんご本人から声をかけられてしまった。
「あ、いいえ別に! すみません、ぼーっとしちゃってて」
『そうですか。なんとなく、見つめられているような気がしたのですけれど、気のせいでしょうかね?』
言ってデニスさんはゆっくり、にっこりと笑う。
「そ、そんなつもりじゃなかったんですけれど、気に障ったようでしたらごめんなさい……」
『まさか。こんな美しいお嬢さんに見つめられたら悪い気はしませんよ』
……うううう美しいって、そういう言葉が臆面もなく出るとか恥ずかしくないんだー! ずいぶん社交辞令言い慣れてるのかな、余裕の表情でまたにっこりと微笑まれておりますが。こっちは全然言われ慣れてない言葉だからなんて返せばいいのかわかんないぃいい。
『マイヤ、ちょっと来てくれるか』
「あ、はい! ではこれで失礼します」
離れるのにいいタイミングだったので振り切ってエーディクさんのところに駆け寄った。
『大丈夫か? 何か、変なことを言われてないだろうな』
「な、何も! 大丈夫ですよ」
さっきから顔のあたりが熱い気がするけど今は確認できない。
『おや、逃げられてしまいました』
『あの娘にちょっかい出そうとすると、怖いお兄さんに出くわすからな』
『出したんですか?』
『想像に任せるよ』
あの後、ローシャさんがデニスさんに近寄って何か話していたようだけど。全部は聞き取れなかった。




