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40.取り扱いの注意事項

 アレーニから首都メドヴェージまでの間、わたし達は今までよりずっと、通行人の気配に気を配るようになっていった。『どうしても不審な連中も増えるからな』と仰せの通り、雪解けするかしないかだった時期の北部の旅に比べ、随分と交通量が増加している。今のところはワインや香辛料の樽を積んだ馬車だったり、様々な織物や樹皮ではない書物を運ぶ商人等とすれ違ったり、という様子を目で追うだけなのだけれども。

 空いた時間にはわたしはなるべく、書き溜めたメモを見直すようにしていた。最近は、そろそろメモを見なくても内容をすぐに思い出せるようになっておいたほうがいい、という気持ちが強くなってきている。今までは自分と関係のありそうなものばかりに目を取られがちだったのだけれど、他にも、例えば彼の――

『マイヤ、見せたいものがあるんだが』

 急に声をかけられてドキリとした。エーディクさんが手に、布に巻かれた板状の何かを持っている。

「それは?」

『ミクラの絵だ。独立祝いでひとつ買ってきた』

 布を取り除くと絵の全容が露になった。透き通るような筆遣いで描かれた、自然に囲まれながら神々しい光を放つ〈彼ら〉は、これは人の姿をしているけれども――

「これが、土着の神々の姿でしょうか……?」

『ミクラの想像だがな。寺院などではもっと化け物めいた形相だったりもするんだが、ミクラに言わせると単に表現技法が木や石の彫刻だとそうなりがちだというだけで、こういう可能性もあるのではないかと言っていた』

 そうかもしれない……レーナさんや白い女の子、スィムやリグルを前にした時に感じる雰囲気に、とても近い感じがする。

「素敵ですね。やっぱミクラさん、才能あるんじゃないですかね」

『……あれは覚えていないようだったが、昔、俺の側にいた時に、〈見た〉可能性があってな。それが無意識に出ているのかもしれない』

「仲、よかったんですね」

『昔からそういうのに偏見のない奴だった。だからこそ、南渡りの技術で北部に根付く神々を描こうと思いつく発想の柔軟さがあるんだろうな。ああ見えて強かなんだ』

 アレーニでの一件以来、すこし印象が柔らかくなったエーディクさんは、話しているとすごく自然に打ち解けた気持ちになれる時が増えた。だからわたしもよく忘れそうになる。まさかね、って――


 ローシャさんは定期的に街角でグースリの演奏を披露することに決めたよう。わたし達も手伝おうかと言ったのだけれど、前にも彼が言っていたように、何らかの動きに対応するには自分一人のほうが動きやすいから、と言われて別行動になった。それでもわたしとエーディクさんは観衆に混じって見物したり、遠巻きに見守って観衆を含めた町の様子を観察したりもした。今のところ、あの仮面の笛吹きのような不審人物は見かけない。――まぁ、ローシャさんが地元の人にとって不審人物に見えていたら、それはどうしようもないでしょうが。

「よくよく考えると、わたし達も不審人物ですかね」

『いちおう、俺やローシャにとっては個人で買い付けに出かけている習慣の一環でもあるわけで、そう主張しても問題ないはずなんだが。今年は如何せん、フォークスから離れすぎたからな……荷物も少ないから、そこを突かれると不審に思われるかもしれん』

「古い言い伝えを集めてるって理由は、ちょっと物好きでやっぱり不審人物に思われますかね……」

『放浪芸人の体裁をとった場合には通用する理由だが、それだと結局、不審人物の認定は避けられんわけだからな……これ以降は、言わないほうがいいだろう。アレーニの親戚に会いに行った帰りだと言うことにするか。偶然の後付けだが、嘘ではない』

「ほかに、首都近辺で気をつけたほうがいいことはありますか?」

『……何といっても、マスリーナの司祭には気をつけろ、というところだろうか……全員がそうではないが、稀にどうしようもなく話が通じないのがいる』

 今のエーディクさんの声色、一瞬ものすごく暗い念がこもってた気がする! やっぱり何かトラウマがあるみたいだ、落ち着いてーどうどう。思わずエーディクさんの背中を擦ってしまった。

『……マイヤは、そういった体験はなかったんだな』

「そうですね……〈力〉も精霊も神様も、本当に縁のない世界で生きてきましたから」

『ローシャはあれで、おそらくいちばん偏見のない場所で育った奴だ』

「ですよねー……」

 なんとなく、そのままエーディクさんの背中に手を置いたままでいたら、ローシャさんが通りの興業から帰ってきた。

『どうした、食あたりか?』

「いや……何でもない。少し外の風に当たってくる」

 彼は静かに、ローシャさんと入れ替わるように外に出て行った。

『何だったんだ?』

「どちらかというと……精神的な食あたりみたいなものじゃないですかねー」

『ふーん。そのままマイヤちゃんに膝枕でもしてもらえばよかったのにな』

「彼はローシャさんとは違いますからー」

『まあな。なかなか懐かないハリネズミみたいな奴だったから』

 ハリネズミですか……それはまた、ずいぶんと接触のハードルが高かったんでしょうね。

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