37.突然の緊迫
『……めっちゃ胡散臭いのに遭遇しちまったな』
「ええ、まあ、あの仮面はちょっとアレですよね」
『いや、あれは演劇が持ち芸の奴がよく使う仮面だから、そんなに変ってわけじゃないんだが。強いて言えば芸が終わっても、俺達に対しても仮面を取らなかったところとかで』
「ええ……だから顔隠してる人って胡散臭いですよね……」
『そうだマイヤちゃん、言い忘れてたんだけどさ。放浪芸人――〈スコモローフ〉ってのはさ、わりと副業ありきの連中が多いんだよね。行商とか、布教とか、密偵とか、追い剥ぎとか。腹に一物持ってることも充分ありえるわけで――つまり、存在そのものが既に胡散臭いんだ』
左様ですか……ってローシャさん、貴方がソレを言っちゃうんだ。
『――そうか、それは随分と賑やかな様子だったんだろうな』
う、エーディクさんの視線と声がめっちゃ冷たい! 朝からお墓参りで神妙な空気を保ってた人からみると、あまりに温度差があるってことでしょうかね。
『いいなーあたしも行ってればよかった』
『やめてくれ。お前が出張るとわかるやつにはわかるから』
ひさびさ、レーナさんも集まってのお食事です。ちなみにレーナさんは海藻サラダをちょびっとつつくくらい。いつだったか、他に何食べるのか聞いたら『知りたい?』ってにっこり笑顔で返されて、それ以上追及する気がなくなったこともありましたが。
『既に充分目立った気もするが。それで、その〈仮面のスコモローフ〉をどう見る』
『同業者同士で探りを入れに来た、って感じにも見えたがな……けど、こっちの事情を聞こうとはしなかったな』
『目当ての奴と違ったんじゃないのか。あらかじめ示し合わせていた符牒で判断したのかもな』
『金を受け取らなかったから、追い剥ぎの線は薄いな。しつこくなかったから宗教の勧誘とも違う。そんでもって〈北から〉と来たもんだ……』
そう、少なくとも今までの旅路でそれらしい人を見かけた気がしないし、いたとしてもあの仮面じゃ、素顔はわからないもんね……なんだかどうにも、薄気味悪さを拭えない。
『まぁ、この次はもっと警戒しとかないとな』
『次もやる気か?』
『場合によってはね。次は俺一人でやってみるよ。マイヤちゃんがいると多分、違うなって見切られやすいだろうからな』
それからローシャさんは、なんだか意地の悪い笑みを浮かべて
『だからそう拗ねるなって』
『別に』
え、エーディクさん拗ねてたの?! 案外寂しがり屋なんだろうか、わたしももうちょっと構ってあげるくらいのほうがいいのかな。――そんな風に思った次の瞬間、ふっとローシャさんが真顔になった。
『エーディク、いい機会だからこの際はっきりさせておきたいんだがな。お前が家のことを話したがらないのは承知の上での付き合いだが、本当に相続のゴタゴタがないのか、改めて確認しておきたい。家主の縁者としては聞く権利があるはずだ』
ひぇ?! 滅多に無いローシャさんのマジモードがここに来て発動ですか。しかもここまで真剣な表情は、たぶん今までにないと思う……もしかしてわたし、お邪魔だろうか。
「あの、わたし、先に宿に帰ってましょうか――」
『いや、ここに居てくれ。できればマイヤちゃんの前で言わせたいから。場合によってはこれ以上、君らを同居させとく許可がとれないかもしれないから』
そこ問題になるんですか?! あれ、いやでも確かに今までが相当おかしい状況ではあるんですよね。エーディクさんも虚を突かれたのか、わずかに目を見開いた後に居住まいを正した。
『兄弟は二人とも健在だし、このまま俺を除外していればその次の相続順はミクラの兄、そしてミクラだ。ミクラ以外は全員既婚だから、子供がいればそちらのほうが優先される――俺にまわってくる可能性は、限りなくゼロに近い』
『――何で、お前にはまわってこない?』
『それは――お前に話すことじゃない』
『何でお前がそう言える?!』
滅多に無い、ローシャさんの声の荒げように思わず身が竦んだ。その場が一瞬静まりかえり――エーディクさんは席を立つと、店の出口のほうに向かった。わずかにこちらを振り向いて、
『お前には、理解できないだろうからだ』
って――ものすっごい冷めた目で。そんな風に言い捨てて外に出て行った。後に残されたのは腕組みしたまま、やっぱり同じような冷めた目でテーブルを見つめ考え込むローシャさんと。何か言いたげだけれど黙って座っているレーナさんと。そして、オロオロと立ち尽くすしかないわたしだった。




