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36.人生初ライブ

『じゃあ、少し出かけてくるが――周囲の目には気をつけてくれ、目立つとあまり面白くないことになるかもしれん』

『わかった。行ってこい』

 ミクラさんに会った日の翌朝、宿を出るエーディクさんを見送りまして、ひと息。

「どうしましょう?」

『目立つなって言われてもなー、何もしないわけにはいかんって』

「でも、このあたりまで来ると、古い神々の言い伝えがそう見つかるとも思えませんし、無理して探そうとするとやっぱり悪目立ちしちゃうってことですかね」

『んだな、首都まわりの情勢調査のほうがよさそうだ。――あと、昨日の通りを見てた時に思い出したんだが、大道芸で路銀を稼ぐなんてのもアリだよ』

「え……? 一体何を」

『一応そんなこともあるんじゃないかって、俺も持ってきてる』

 ローシャさんが自分の〈魔法の鞄〉から取り出したのは、昨日の芸人さんたちが持っていたような、小さめの琴に似た弦楽器。〈グースリ〉という名前なんだそうな。

「どういうのが弾けるんです?」

『まあ、いわゆるお伽噺だな。ドルジーナの宴会の余興なんかじゃ、荒唐無稽な化け物退治が受けるんでよくやってたんだけどな。他にも女の子受けしやすい恋物語とか』

「……大丈夫ですかね? 昨日の様子だと、暗黙の検閲なんかがありそうじゃないですか」

『そこはまあ、そういうのに引っかからない題材を選ぶしか』

「……あとですね、その間わたしは何ができるでしょうかって話なんですが」

『あ、これこれ。適当にリズムとって打ち鳴らしてもらえれば』

 つづいて鞄から引っ張り出された、手に握れる程度の大きさの木の板を何枚か連ねた打楽器を渡された。手短に使い方を教わり――カスタネットよりは複雑だけれども、適当に打ってもなんとかなる適当な楽器だとわかった。あれかな、カラオケ盛り上げるタンバリンのつもりでやればいいんだろうか。歌えとか踊れとか言われるよりはよっぽどハードルが低いので、やってみようという気になった。……大丈夫だよね、観客はきっとローシャさんしか見ないだろうから!


 宿の人と相談したうえで、歌のお披露目に適した通りに目星をつけ、場所を確保した。木で舗装された通りに陣取り、最初にローシャさんが軽くグースリの弦を掻き鳴らしたので、わたしもその後に〈トレショートカ〉で合いの手を入れた。

 本格的に演奏がはじまり、ローシャさんの高めの朗々とした声が響き渡った。わたしはとにかく、ローシャさんの声やグースリの旋律を邪魔しないようにとタイミングを掴むのに必死だったので、お話の内容をしっかり把握できたわけではない。昨日もそうだったのだけれど、歌の場合は旋律に合わせた音を聞く、という意識が優先されてしまうみたいで、会話のように一語一句がはっきり日本語で聞こえるという感じにはならないみたい――ただその表現したいイメージというのは、なぜか脳裏に浮かび上がってくる。

 最初にローシャさんが歌ったのは、間抜けな泥棒をお百姓が口先三寸でやりこめるお話。コミカルな調子でとにかく楽しい雰囲気。次は、女の子が男装して冒険して、家に財宝を持ち帰るお話。けっこうワクワクする感じで、これも楽しかった。

 最後は、ぐっと落ち着いた雰囲気になって、戦に出たドルジーナと、その身を案じて待つ妻の物語になった……これは、打楽器だとあんまり雰囲気出ないかも、と思ってすこし手控えていたところ、どこからか笛の音が聴こえてきた――ちゃんとローシャさんの旋律に合っていて、物悲しさをうまく表現している。音のするほうを見やると、木製の笛を吹く旅人が、演奏しながらわたしたちのほうにゆっくり近付いてきていた。その顔は、黒革の仮面に覆われていて――目が合った瞬間に、彼が懐から出したものがふわっと、わたしの頭にかかった。白い透かし編みの布が、ヴェールのようにわたしの髪を覆い垂れ下がる。

 一瞬呆気にとられてしまったのだけれど、即興の演出だろうかと思い、ヴェールを軽く翻して胸の前で手を合わせ、瞳を閉じた。その時ちょうどドルジーナの妻の歌う場面だったので、なんとか格好をつけた感じ。いやもちろん口パクなわけですが、ローシャさんホント高音出るなーと思いながら、わたしはその綺麗な音に聴き入っていた。


『ほら、あんたの取り分だ』

 興業はまずまずの賑わいで、足を止めた人々から小銭をいただくことができた。わたしは仮面の笛吹きさんにヴェールを返し、ローシャさんがいくらか放ろうとしたところ、彼は手を振ってこう答えた。

『いえ、ついその気になってしまっただけで、お邪魔して申し訳ないと思っていますから、どうかお気を遣わずに』

『まぁ、そう言わずに受け取れよ――割り込んで気が引けるって言うんなら、ちょっと聞きたいことがあるから、その駄賃だと思ってくれれば』

『そういうことでしたら……どんなお話をご希望で?』

『最近あんたが回ってきた町や村と、その様子が聞きたいかな』

『北から参りました。比較的安全な街道ですからね、物盗りなどに出くわすこともなく、のんびりと旅歩きしていられましたよ……』

 彼は優雅な一礼の後にするりと身を翻し、意外に早い足取りで立ち去った。ローシャさんの差し出したお金は結局、受け取っていかなかった。

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