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35.踏み込みにくい話題とか

『しばらく南渡りの技術を身につけたくて、その筋の人に弟子入りしていたんだけれど、ようやく自分の工房を持てたところなんだ。――まあ、親に建ててもらったわけなんだけど、これが手切れ金ってとこだろうね……』

「えー……?」

『領地の相続権を与えられない庶子に対しては、妥当な措置だろうな。だが、この稼業でやっていけると見込まれたんだろう』

『んー……まあ、お得意様みたいな人が増えるといいよね、とは思ってるんだけど。できればなるべく広く浅くお付き合いができるといいなと思ってさ。今のところはなるべく小さめで、値の張らないものをたくさん作ってるところ』

「ふーん……こういう絵って、どういう人達が買われるんですか?」

『ああ、イコンはね――〈マスリーナの教義〉で礼拝の時に必要なんだけれど、小さな家庭や、旅をする人が持ち歩けるものをなるべく作りたくてね。大きいのは特注になるだろうし』

『なるほど。布教効果抜群だな、確かに需要が見込めそうだ』

『あ、でも地元の神話モチーフの絵も描いてるんだよ! このへんがそうなんだけれど。たまに需要とか気にせず描くこともあるから』

 察するにミクラさんは、本当に絵が好きで描きたいものを描いてるみたい。わたしもミクラさんの絵はなんとなく好きだな。宗教とか関係なく一枚持っていたいかも、と思う。


 エーディクさんもぽつぽつと自分のことを伝えていた。モルジでドルジーナに志願したこと、前の領主が亡くなった際に隊を辞め、ローシャさんに誘われてフォークスで暮らしていること――

『そっか。モルジのほうに行ってたんだ……向こうでの暮らしは、うまくいってる?』

『今のところはな』

『……家には寄っていかないの? 伯父さんが亡くなったの、知らなかったんじゃないの?』

『そうか……それはまた、とんだ親不孝をやらかしたな』

 エーディクさん、ミクラさんへの親密な態度はどこへやら、他人事みたいに無関心なもの言いで。

『家のほうは大丈夫なんだろう。なら、わざわざ顔を出すこともない。今更帰ったら相続目当てかと勘繰られるだろう』

『……せめて、連絡先くらいは』

『フォークスのエドゥアールト、で問題ないだろ。お前が知ってれば、それでいい』

 最後は、ミクラさんが気の毒になるくらいのそっけなさでお開きになってしまった。それでもミクラさんは最後に『ちょっと待って』と一筆書いた樹皮のメモを渡して『一度くらいは、行ったほうがいいと思うから』と……それを一瞥したエーディクさんは『ありがとう』とだけ答えて。それでお店を失礼して立ち去った。


「エーディクさん、何を貰ったんですか?」

『父親の埋葬場所だ……まぁ、行ってもどうにもならんと思うが』

『明日、行ってこいよ。そのくらいの時間はあるだろ』

『そうだな……そうするか。済まんな、変なことに時間をとらせて』

「そんなことないですよ、大事なことだと思いますよ」

 エーディクさんのお家の事情は、赤の他人のわたしが干渉することじゃないけれど。確かに生きている人に会うことは、時として何らかのトラブルを招くかもしれないけれど。でも、お墓参りするのに悪いことなんて、何もないはずだよ……

『それにしても、ああいう子がいちばんめんどいのよね〜。信仰に関係なく人を惹き付ける才能があるわけじゃない。それを自覚せずに信仰の拡大に利用されたらホント、厄介だわ』

 おや、レーナさんはそこが気になったんですか。

『あ、待って、もしかしてあたしの魅力の虜にして「そんな絵なんか描くのやめてあたしを描・い・て(はあと)」とかおねだりすれば、南の布教の妨害ができるかしら……?!』

『やめとけ、エーディクに焼き殺されるぞ』

『……彼一人をどうこうして済む問題なら、俺はこの町を出なかっただろうな』

 淡々と語るエーディクさんの横顔が、なんとも哀愁を誘う……

『さて、どうかしらね。諦めてない連中もいるかもしれないじゃない』

 ちょっと挑発気味に言い放った後、レーナさんは大きく伸びをして、通りを駆け出して。くるりと振り返って『じゃ、また明日ね』と言い置いて、日が傾いて赤みを帯びてきた町並みに消えていった。――わたしはエーディクさんの様子に気を取られていて、彼女のすこし翳りのある笑みが何を意味するのか、深く考えてはいなかった。

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