34.何となく居場所がない感じ
『そういえば……エーディク、いいのか』
『何がだ』
『だって、お前さ……』
雑踏に邪魔されて会話がよく聞き取れないです。それに、どこかで音楽が鳴ってる? そっちのほうが気になって、わたしはレーナさんといっしょに音のするほうへと近付いた。通りで大道芸人が楽器を――和琴にすこし似ている。大きさはかなり小さいけれど――を膝に乗せて弦を弾き、抑揚の効いた声で歌を歌っていた。抑揚がつきすぎて歌詞の意味を理解するのにちょっと時間がかかったんだけど、おおむね内容は把握した……と思う。ざっくりと言ってしまえば、海の冒険のお話のようです。
――聖者の祈りに天よ応えり、荒ぶる海の魔物を退けん
嵐は静まり、海は凪ぎ、彼らの船はさらに征く……
『何よあれ』
えっ、レーナさんそんなドスの利いた声で呟かないでください、怖いよー!
『最近はあんなんが流行ってんのか? 息抜きの娯楽まで堅苦しくなってるな』
『ったく、あのパターンなら通常は多大な犠牲やら生贄やら出してやっと乗り切るってやつでしょ! 人間ごときが偉大な水界の強者を思い通りにできるとか思ってんじゃないわよ!!』
『……』
『ホント……まさかここまで深刻だなんてね……』
レーナさん機嫌悪いなぁ。旅路を進むにつれ元気なさそうだったり憂鬱そうな様子を見てきたけれど、ここに来て何やら地雷に当たったみたい。その通りを適当に進んでいくと、食べ物や衣類を扱う場所からだいぶ離れたようで、一風変わった雑貨を扱う店が多くなった。
そのうちのひとつに目を引かれたらしく、エーディクさんが足を止めた。いろいろな絵が――どちらかというと小さめの、人の顔幅くらいの大きさの絵をいくつも並べている。写実的な良さもあるけれど、どこかほんわりした、温かみのある画風。小さな家の壁に飾るにはわりとありかも、と思えるのだけれど、大きさがなんとなく中途半端な感じもある。このサイズばかり作ってるのに何か理由があるんだろうか? と思ってしまった。それにしても、もともとお金持ちの家なのかな。店舗もどことなく品があって、他より立派に見えるし……
『エーディク……?』
部屋の一角の作業場にいた人が、ゆっくりと立ち上がってこちらに声をかけた。あちこちに絵の具のついた前掛けをつけた、まだ若い男の人だった。エーディクさんやローシャさんよりも年下に見える、明るい茶色の髪の絵描きさんは――今はっきりエーディクさんを名指ししてきました、よね……。
『……ミクラか。もしやと思っていたら、やはりな』
『エーディクこそ! 本当に久しぶりじゃないか、いつ戻ってきてたんだ?!』
『たった今だ。お前、少し痩せたな』
ミクラと呼ばれたお兄さんはすごく嬉しそうで、目尻に涙まで浮かべてエーディクさんを歓迎した。エーディクさんも心なしか、いつもより声の調子が柔らかい。何て言えばいいんだろう、モルジでドルジーナ仲間に出会った時よりずっと、思い入れが深いんじゃないかと思える様子だ。
『エーディクのことだから、元気でやってるとは思ってたよ――けれど、家にもほとんど便りを寄越してないって聞いてたから、やっぱり心配だったんだ。今までどこで何してたんだよ?』
『ん……そうだな、話すと長くなるんだが――』
二人ともものすごく嬉しそうなので、見守るしかないのだけれどなんだか口を挟みづらい。そろっとローシャさんのほうを伺うと、やっぱり何ともいえない顔をして肩を竦めていた。
『えー……とさ、エーディク、知り合いなら紹介してくれねーかなー』
『ああ、ミクラだ。俺の従兄弟なんだ』
え、従兄弟?! 正真正銘の人間のご親戚ってことですか。
『ミクラ、こっちがローシャ、マイヤ、レーナ。今フォークスで暮らしている友人だ』
『こんにちは、エーディクがお世話になっているそうで何よりです。どうぞお茶でも飲んでいってください!』
お世話になってるのはこっちのほうですからどうぞお気遣い無く、と答える間もなく、ミクラさんが満面の笑顔を振りまいたうえで歓迎の支度を始められた。
「え、でもお仕事中なのでは……」
『……どうするよ』
『長居はするつもりはないが……少しだけ、いいか?』
ちょっとちょっと、こんな風にエーディクさんが、わたしやローシャさんの機嫌を伺うように了解をとるのってもしかして初めてじゃないのかな。よっぽど話したいことがあるんだー……どう考えても、わたしたちが反対することじゃないよね。




