33.知るほどいろいろ考えてしまう
ドルジーナの皆さんとお話しした日から二日後に、首都メドヴェージに向けて発つことにした。とても目立つ大きな街道に沿って南下していくので、迷う心配はないのだけれど。途中にいくつか、モルジほどではないけれど相応に大きな都市に立ち寄ることになる。
モルジより三日ほどの距離にあるヴィードラ以西の地域は、大公の次男にあたるヴァディーム公が領主だと聞いた。ここでも不穏な噂があって、ヴァディーム公は今の処遇に満足がいかず、何事かを企てている……というものだった。それでなくてももともとこの地域は、土着の少数部族を大公軍が従属させた際の遺恨がいまだ残っているようで、反大公の気風が時折強くなりがちらしい。『あまり長居しないほうがいいかもな』ということで、間をおかず立ち去ることにした。
それでもせっかく立ち寄ったので、エーディクさんは『できれば、亜麻織物を買っておくといい』と……ヴィードラの亜麻布は質がいいと評判なんだそうだ。自分も糸紡ぎにチャレンジしたから実感できるのだけれども、確かに亜麻を紡ぐのは手間だし、下着として直接肌に触れることも多いから、いいものをお手ごろな値で買えるのなら損じゃないよね! とは思う。それでも出費には違いないから、できるだけ何でも自作するに越したことはないのだけれど……。
『そういや、このあたりは確か糸紡ぎに関する言い伝えがあってさ。糸紡ぎができない娘がなんとかして仕事を終えようとして、妖精の力を借りようとする話があったような』
「何ていうかそれ、まったく他人事じゃないんですけど。大切な仕事なのはわかるんですけれど、あれは時間がかかりすぎますからね……そうしたくなる気持ちはすごくよくわかります」
ズルいと言われようが何といわれようが、他にやりたいことがある人には代わりを頼める助っ人が欲しいよね、と思う。まあ、糸紡ぎを本職にしたいんなら真面目にやったほうがいいとは思うんだけどさ……わたしの場合は他の人とは違う事情を抱えているから、ちょっと困る。
糸紡ぎのように時間がかかり、生活に密着しすぎる仕事に真剣に取り組むってことが何を意味するか――ひとつところに留まって暮らす、と決めることになるんじゃないのかな。それはつまり〈諦める〉ことになってしまうわけで――これをまともに考えてしまって、軽く落ち込んだりもした。何が嫌だったって、それでもいいかなと思ってしまったことに。
でも、とりあえず今は、〈知る〉ことを放棄してはいけないんじゃないか、と思う。今まさに、そのための旅を続けているのだから。こんなわたしに付き合ってくれているエーディクさん、ローシャさんのためにも納得のいく結果を出したいと、切実に思える……。
それはそうと、このあたりで街道と北部を流れる川筋がずれるため、念のためにとレーナさんは何人かの同族に会ってきたみたい。ただ、レーナさんがあまり話したがらなさそうなので深く追及はしなかった。どのみち南部に通じる河川が近いから、拠点の川を離れても数日以内にそちらに辿り着ければ、さらに南下も可能だとか……
『って、お前まだついて来んのかよ?!』
『いいじゃないの別に!! それともあたしに一人で帰れって言うの?!』
『川ん中潜っていけばいいだけの話じゃねーか』
『あたしだって来た道戻るだけなんてつまんないぃー!!』
……という賑やかなやりとりを背景に、その後も旅は続いた。
都までの道のりを三分の二以上は消化した頃、アレーニという、今まで見た町よりもどことなく洗練された雰囲気の都市に辿り着いた。南西諸国の文化圏に近づいたせいか――その国境は険しい山脈に遮られているものの――確実にそれらの国々の影響を受けている様子がある。繊細で華美な織物や細工物。温暖な気候の恵みを受けた多彩な農産物、香辛料、それらを使った嗜好品など。目にも鮮やかで華やかな品々が市場の通りを埋め尽くしている。
そして季節的にも地理的にもだいぶ暖かくなったので、昼間は毛皮を脱いでもいいくらいになってるんですよね。ときどき急に冷え込むので本来は手放せないのだけれど、わたしの場合は〈寒さ避け〉でなんとかなるし。毛皮は脱ぐとかさばるけれども、〈魔法の鞄〉に無理矢理詰め込んで楽させてもらってます。その様子を若干呆れ気味に眺めている人達もいますけど。
『マイヤちゃんの、よくそこまで入るよね……』
『そういえば、〈魔法の鞄〉の力はあまり体調変化に左右されてないようだが、向いているということかな』
「あ、そうかもしれませ……」
……ってそんなとこまでチェックしてないでエーディクさぁぁん!! 本人は至って真面目に観察してるようなんですけど、それだけにこっちが居心地悪い思いをしてばかりです。
でも本当に何でだろう。「これは入れなきゃ、絶対に!」って気合い込めてギチギチ詰め込んでるからかなー。
『けどよく考えたら、旅の途中で頻繁に入れられる量が変化してたら大変だよな。そうなってなくてよかったじゃん』
『逆に考えると、切実に困るから〈力〉が維持できてるのかもしれないわよー』
『なるほど……マイヤの価値観がなんとなくわかってきたな』
だからそこ、本人の目の前で真顔で考察しないで下さい……。




