32.世間話の裏には
『そりゃあ、伝統的に風呂小屋の前ってのは絶好の出逢い場だからな! 湯上がりの美人に目をつけて話しかけりゃ、そのうち食事でも一緒にって展開を期待できるもんで……』
『マイヤ、悪かった。こういう質の悪い連中には充分気をつけるように言うのを忘れていた』
『……だからなー、そういうお邪魔虫がいなさそうな女の子二人連れを狙ったつもりだったんだが、よりによってお前らかよ』
『へいへい、そいつは悪かったなー』
『――それにしても、ちょっと意外な組み合わせですよね。そちらの……レーナさんはなんとなくわかったんですけれど、こちらのお嬢さんとは、どういうお知り合いで?』
アリョーシャさんに話を振られて、思いっきり困ってしまった。本当に、何て言えばいいんだろう? ローシャさんも話すのを躊躇われるのか、エーディクさんをじっと見てる。
『親戚から預かった。今はフォークスで暮らしている』
やっぱり、それで通すんですか……。なんだか『それだけで納得しろって言われてもなぁ……』という無言のプレッシャーを感じるんですけど、気のせいかな。
『フォークスで、ですか……』
『おいおい、あんな何もないド田舎に娘を預けるってどういう親戚だよ』
『ド田舎で悪かったな!』
『……いつからか、聞いてもいいか?』
ここまでほとんど喋ってなかったバトゥさんが口を開いた。う……なんかこの人、緊張する。
『この冬からだ』
エーディクさんも話を続ける気がない短い一言。あ、いや確かに、深く突っ込まれると不自然極まりないからそうせざるを得ないんだろうけど。そうだわたしもなるべく話題逸らそう!
「ええっとあの、バトゥさんはどなたかを探しているんですか?」
この一言でわたしとバトゥさんにみんなの注目が集まった気がするけど気にしない。バトゥさんはすこし目を細めるような仕草をしてから、静かに首を振った。
『いや、特に誰と特定しているわけではない。散り散りになった部族の者ではないかと思って、確認したかっただけだ……悪かったな』
彼はグレーブさんと違って、真面目に人を捜していたようなんだけど。でもあっさり引き下がりすぎて、他人事ながらなんだかモヤッとしてしまった。諦めの混じったような視線を感じたものの……一瞬で違うとわかるくらい、よく知った人を捜していたんだろうか。
『ところでお前ら、モルジにはいつまで居るんだ?』
『そろそろ発とうと思っていたところだ。明日か明後日あたりに』
エーディクさんそれ初耳です、もしかして今決めたのかな? でも、そろそろ見切りをつけたほうがいいかもと思っていたのは事実だろうと思う。
『フォークスに戻るのか?』
『いや……都まで行って見ようかと思ってな。南の様子は何か聞いているか?』
『……いろいろと物価がつり上がってるって話だ。長居すると痛い出費になるかもな』
『わかった、気をつける……ありがとう』
去り際、なおもグレーブさんはこう話していた。
『ったく、これじゃ出戻ってこいって言っても戻ってこんわけだ。ただな――もしひと稼ぎしたいんなら、やっぱり出稼ぎに来るってのもありだぜ。畑仕事が一段落した時にでもな』
『……考えておく』
三人を見送って、レーナさんがポツリと呟いた。
『最後のほうは、あまり楽しそうな雰囲気じゃなかったわね』
『物騒な時のほうが奴らの本領発揮だからな。問題は、どこと――って部分だが』
『都で入手したいものを真剣に考えておこうか――どうやら、過去の伝承を掻き集めるより、物騒な現状の把握のほうが重要な気がしているが』
『ま、奴の言い分だと、今年はまだ備えの段階だろう。本気でどっかとやる気なら、雪解けから露骨な動きをしてるだろうからな……』
その言葉を聞いて、ドキリとした。そうか、ここは……戦争が身近な世界なんだ。急に胸が苦しくなった気がして、思わず傍らのエーディクさんの服をぎゅっと掴んでしまった。
『マイヤ? どうした』
「……なんでもないです、ただ少し、寒気がして」
こちらに来て以降、何故か外気温の寒さに関して困ることはないのだけれど、ときどきそれとは関係なく、こういった悪寒を感じることがあった。前は……いつだったかな。水の〈力〉を使おうとした時だったか。あとは、司祭様の話を聞いていた時にも、少しこんな感じがした。
『今日は早く休むといい』
エーディクさんはわたしの体調が悪そうな時は、なるべくその傍に座っているという謎の習慣があって――これが他人の目が多い場所でやられるとかなり気恥ずかしい、というのをその晩にも実感しました。




