31.春先によく出るやつ
『そこのお嬢さん達、ちょっといいかな?』
唐突に声をかけられた。公衆浴場の出入りで男組を待ってた時なんですけど。レーナさんといっしょにすぐ傍の川縁でぶらぶらしてたら――あ、レーナさんは別にお風呂に入ったわけじゃないんだけどね。『何で人間ってわざわざお湯熱くして身体にかけるのかしらねー』と、埋められない生活習慣の溝をお互い確認していた時に、3人連れの男の人たちが寄ってきました。体格いい人2人に、やや小柄な黒髪の人が1人。小柄な人は東南の遊牧民だろうか、少し雰囲気が違って見える。
『こいつがな、お嬢さんを前に見た事があるかもしれないって言ってんだけど、お嬢さん達には覚えはないかな?』
大柄なほうの1人、髭を生やしたおじさまが、小柄な人を指してそんなことを言ってきた。えー……、同郷の方と間違われたってことでしょうか。そんなに似てるのかな、わたしから見ると遊牧民ってのも、日本人とはだいぶ違う人種だと思えるんだけれど。
「いえあの、たぶん違うと思います」
『ほんとかい? こいつはトラヴァーの北部出身で、4年くらい前からこっちに来てるらしいんだが、お嬢さん達は?』
「あの、本当に人違いだと思うんですが……」
『マイヤ。もうちょっと話を聞いてみましょうよ、何か思い出すかもよ』
「……え、レーナさん?」
彼女はわたしのほうを振り向いて悪戯っぽく笑った。あれ? もしかして、レーナさんの会った事のある人だろうか。
「ええと……いつどこでわたし達を見かけられたんでしょうか」
もう一人の大柄な男の人が、小柄な彼を促すように背中を叩いた。彼はわずかに首を傾げてわたしを一瞥する。
『そっちの銀髪の人は、見たことがない。……故郷であんたに似たのを知っていたんだが……どうやら違うようだ。失礼した』
彼は言い捨てて早々に立ち去ろうとしたのだけれど、残りの二人に止められた。
『おい、ほんとにいいのかよ? もっと詳しく話を聞いたほうがいいんじゃないのか』
『いや、本当に違う……』
え、何だろ、どういうこと? 当人がいいって言ってるのに。わたしは言わずもがな遊牧民の知り合いなんていないし、レーナさんのほうにも全くノータッチってことは、本当に知らない人のはずだよね。そしてレーナさんは何故か機嫌が良さそうで、さっきよりもニコニコしている。
『おーいそこ、何やってんのさ』
「あ、ローシャさん。エーディクさんも」
声をかけられてそっちのほうを見れば、やっと二人ともお風呂から出てきたところ。これでちゃんと人違いだって納得してもらえるかな。
『……ていうか……』
『え、おい、何でお前らが』
ローシャさんが呆れた様子で顔を向けたのは、三人組のほうにだった。彼らも驚いた様子を隠さない。
『グレーブと、アリョーシャと……バトゥだったか。連れに何か用か』
エーディクさんがひとりひとりの名前を挙げて、なんとなく冷たい声色で彼らに問い質した。あ、エーディクさん、もしかして機嫌悪いかも……。
『――いやぁ参った! なんか前と様子が違うと思ってたら、お前ら女連れだったのかよ!』
結局のところ、男連中は既知の間柄だったということで、夕食をご一緒することになりました。さっきからよく喋ってるお髭の人がグレーブさんと仰るらしい。もう少し若く見えるほうがアリョーシャさんで、遊牧民の彼がバトゥさん。三人とも現役のドルジーナだそうだ。つまり、エーディクさんローシャさんが入れ替わりで領主の館に会いに行ったばかりというわけで。
『ったく、そういうグレーブのほうは相変わらずだな! 言っとくけどこの二人はやめといたほうがいいぞ、特にこっちは』
『えへ、ローシャそんなに私のこと気にしてくれたんだ、嬉しい〜』
『そういう意味じゃねぇよ……流石に顔見知りがお前の餌食になるのは放っておけん』
『あ、そういうことですか。道理で、美人すぎてちょっと気が引ける雰囲気だと思ってました』
『ああ、お前はわかるのか、アリョーシャ』
「?」
『彼も、俺達と同じだ。レーナが何者なのかがわかっている』
隣でエーディクさんが耳打ちしてくれた。そっか、ドルジーナの中にもヴェドゥーンがいるって言ってたっけ。アリョーシャさんはちょっとのんびりしていて目立たない感じの人なんだけど、なんとなく慎重そうな雰囲気を感じた。どういう〈力〉の持ち主なのかな、ちょっと気になる。
『いやいやいや、今回はそういうのじゃねぇってさ! バトゥがなんか気になるってさ、もうずーっと遠くから目で追ってるもんだから、焦れってーんだよさっさと声かけろよ! って引き摺ってっただけなんだよ、ま、俺はついでに美人さんといい縁ができればって思っただけで』
『おい、やっぱりそのつもりだったんじゃねーか!』
えー……どういうことだろう。つまり、あれってもしかして……ナンパだったってことですかね。




