3.雪の道、噛み合ない会話
サクサクサク。
「ねえ、ここは何処?」
『……〈原始の地〉に最も近しい森、でしょうかね……』
長い白い髪を揺らしつつ、振り返らずに彼女は言った。さっきより声がはっきり聞こえる。
げんしのち……? なんだろう、TVでしか見たことのない屋久島の森とか、そんなイメージがふっと脳裏をかすめた。いやいやでもこの一面の雪景色に亜熱帯の屋久島を重ねるのはおかしいってば……と思わずぶんぶん頭を振った。
それにしても、なんかいろいろおかしすぎて何から疑問を問い質そうか本当に困ってます。まず今さ、雪道を歩いてるんだけど。ルームソックスでだよ、靴下だけなんだよ。なのに冷たくないの……もしかしてもう感覚が麻痺してるのかな? だとしたら怖すぎる!
この女の子だってかなり変。わたしはパジャマの上からもらった毛皮のマントってちぐはぐな組み合わせの服装だけど、この娘はどこかお伽噺の村娘って感じの軽装……寒くないのかな、手もなんとなく冷たいし……やっぱりわたしの皮膚感覚がおかしくなってるの?!
いや、もっと根本はソコじゃないって思ってますけど。
何で自宅のアパートの部屋にいたはずなのに、気がついたら雪の森なのか。
あのお爺さん達は何者で、何を話していたのか。
私はこの娘に連れられて、どこに行こうとしてるのか――
「あのさー、わたし、家に帰りたいんだけど。こっちで合ってるの?」
尋ねる前からなんとなく、合ってないんじゃないかって予感がビンビンにしてたんですけど。
『……帰る場所ではないかもしれませんが、貴女が落ち着いて休める場所に行こうと思っています』
ええ〜。それは、有難いんだけどなんだか本題をはぐらかされている感じ……
「明日、出勤なんだ。会社に行かなくちゃならないの。間に合う?」
『……………………』
うっわ、完全沈黙された! 今までそこそこ受け答えしてもらってただけに、この沈黙の意味する絶望感が半端ないんですけど……
『あれを』
と、少女が指差したのは、向かう先の夜空。うっすらと金緑のヴェールがかかったようにも見える、あの状態は確か……
「オーロラ……? 綺麗、はじめて見た……」
こんな訳のわからない事態にもかかわらず、わたしはそれに見入ってしまった。
『ゾーリャ――〈極光の女神〉――の導きに従って、山を下りるように。人の住む里に辿り着くでしょう』
え、今、「ゾーリャ」って単語だけ変な風に聞こえた。意味はなんとなくわかる。オーロラのこと、なんだよね……?
『おそらく、その地の者が最も、貴女を理解しうるに相応しい』
え、何その「後はそっちに任せた」と言わんばかりの無責任な言い方! ていうか手放した、わたしから一歩引いた……?
「待って、まだ聞きたいことが……」
『私から伝えられることは、あまり多くはない。どうかいろいろな人に出会って。多くの人々の語る言葉に、耳を傾けて』
「ねえ! ちょっと、待ってよ――――っ!!」
彼女に手を伸ばしかけたその時だけ、不自然な一陣の風が巻き起こって、一瞬舞い上がった雪から目をかばうために腕を戻すしかなかった。さらさらとした粉雪が再び地に降りるまでの間に――白い少女は消えていた。
最後に、彼女は哀しげな微笑みを浮かべていた……気がした。
「……方向だけはわかってるのよね、うん。見失わないようにしないと」
先刻より薄くなっている気がするオーロラをびしっと指差し見据えて、気持ちペースを上げて雪道を突き進んだ。こうなったらどうしようもないよ、とにかくあの娘が言ってたように、他の人に会える場所まで行こう。今はそれだけ考えよう!
けっこう長く歩いているのだけれど、やっぱり、毛皮のマントから出ている手足も冷たくなってない。ただ徐々に疲労だけは感じていて、そろそろ足が筋肉痛を訴えそうな頃だったか。
前方の空の下部から見えたのは、おそらくは煙の筋。ちらちらと灯りらしき光の点も見える。
やった、民家だよ! 人いるよ! 何も考えず喜んだ、その時だった。
――背の低い〈それは〉、樹木の合間を縫うように駆け、わたしの目の前に躍り出た。