21.忘れていたこと
エーディクさんが持ってきてくれた糸紡ぎ器――オリガさん達のもだけど、L字型の木の板で、下の部分に座って固定するようになっている。上部がフォークのようにギザギザしていて、そこに羊毛や麻の束をひっかけて、糸をより紡ぐようになっているのだけれど……何故かどれも異様に細かい彫刻や絵が書いてあるんだよね。木彫り細工はどちらかというと男の人の仕事らしいので、冬の間退屈してる旦那さんがマニアックに作り込んじゃったんだろうか……このへんは、女の人の刺繍も似たりよったりな気がする。
『かなり年代ものだね。やっぱお前が新しいの作ったら?』
「大丈夫ですよ! せっかくあるのに、わざわざ作ることなんてないです!」
いちいちローシャさんの生温い視線が気になるんだけど……その時はエーディクさんがポツリと『調子が悪いようなら言ってくれ。あと、無理はしなくていいからな』と呟いて終わった。
それ以来、ちまちまと糸紡ぎに挑戦しているものの……やっぱり、進みは遅いとしか言いようがない。あんまりな進み具合を見かねたのか、時々〈キキーモラ〉が手をつけている時があるみたい。その部分だけ、明らかに糸の出来がいいんだよね。
そういえば、〈力〉のほうは、ときどき調子が悪くなるみたい。買い出しに行った時の前後は調子よく使えていたのに、最近はどうも効果が弱い気がする……と思っていたら、しばらくして貧血で倒れるとか、そんなこともありまして。寒気がしたのだけれど〈寒さ避け〉が効かない! とか、超焦った。今思うと外気温を冷たく感じるのと、体調不良の悪寒は根本的に違う、という気がするけどね……。
それで、以前にスヴェータさんに貰った薬――乾燥させた木苺の葉だという――を煎じて飲んだのだけれど、おおむね体調がよくなってもやっぱり〈力〉は復調してなかった感じ。結局2日後くらいにまた調子がよくなってきたのだけれど……この〈力〉の波は、体調不良よりもっと、緩やかな変化みたいなんだよね。これってもしかして、とオリガさんに相談してみたら『女性の場合はそういうこともある』とのこと。ぶっちゃけ、生理周期にもろに影響受けているようです。うわーなんかやだな、こういう男女差あるのって悔しい。
それはともかく、この時はエーディクさんの目の前で貧血を起こしたので、彼が常になく大慌てしたらしく……は、恥ずかしぃいい。珍しく落ち込んだ様子で、暗ーい空気を纏って『このまま目を覚まさないかと思った』って。何もエーディクさんのせいじゃないですからー。
以後、レバーペーストを使った料理のレパートリーが増えた。常日頃からの鉄分補給は大事です。
それから、オリガさんから件の石の護符を頂いた。銀線の細工と組み紐で作られていて、首飾りにしても腕に巻いてもいい長さになっている。『こっちは、私からね』と、スヴェータさんからは小物袋にでもつけられそうなストラップ状のお守りをいただいた。ピンクや紫の……あ、使わなかった石かな。リボンで作られた花のモチーフがついていて、いかにも女の子向けのかわいい感じになっていた。『淡い紅色の石はたいてい、恋のお守りなのよ』と、にっこり微笑むスヴェータさんの笑顔が眩しい……なんだろう、むしろ彼女の後ろにピンクっぽいオーラが出てるんじゃないか、という気がした。ご利益にあやかれるかなー。
ていうか、実は今まであえて触れないようにしていたんですけれど、スヴェータさんところって……ホント、旦那さんとラブラブみたいなんですよね! 旦那さん――彼女はセーヴァと呼んでらっしゃる、例によって本来の長い名前の愛称みたい――はエーディクさんよりさらに熊さん的な雰囲気のある大柄な方で、あまり会わないし話さないのだけれどとても優しそう。羨ましいと思う反面、たまに遠い目をしたくなることがあって。うん、何というのかここに関してはローシャさんの『ときどき無性に外に泊まりに出たくなるんだよな……』という溜息にも頷ける。
『お前も外で見つけてこいと放り出したらね、嫁ではなくて男を連れてきたんだよ。まあ、若い働き手が増えるのはいいことだがね。どっちもまだ落ち着く様子がないねぇ』
オリガさん、それってローシャさんとエーディクさんのことですか? へぇ、二人はそういう関係なんだ……
『ちょっとマイヤちゃん、今なんか変な想像した?! 違うよ! そういうんじゃないからね!!』
「へーぇ。そういうのって、一体どういうのですかー?」
『ぐ……』
自分で墓穴掘ってませんかローシャさん……。んでも、彼をからかうのは面白いけれども、ちょっと嫌なことを思い出してしまった。めまぐるしく環境が変わりすぎて忘れていた、憂鬱な誕生日の出来事。
……わたしは、しばらくそういうのに縁がないかもなぁ。それどころか、もといた世界との縁すら、無くしかけているのかもしれない。本当に、これからどうなっちゃうんだろう……。




