12.まだご挨拶してませんでした
わたしがフォークスの里にやってきて、怒濤の一日を過ごして、その後。
朝はまず暖炉の火を起こして、朝食作りや掃除や洗濯を手伝いつつ覚えて。薪割りにチャレンジしたり、薪拾いについて行ったり。
昼はオリガさんのお家にお邪魔することが多かった。エーディクさんやローシャさんは、狩りに行く時は連れて行ってくれなかったから。
オリガさんが『読んでみるか?』と字が書かれた木の皮の巻物を見せてくれたのだけれど、これがまっっったく読めない! アルファベットのような、ギリシャ文字のような形なんだけど、似ている形でも発音はまったく違うようで全然駄目……オリガさんが読んでくれると、普通に日本語で聞こえるんだけどね(謎すぎるよ……)。 あと今までも何度かあったんだけど、わたしに馴染みのない独特の意味を持つ単語はおそらくそのままの発音で聞こえたりするのだけれど、その後にワンテンポ遅れて、その単語の漠然としたイメージが流れ込んでくるような、そんな感覚があったり。ただあまりに複雑な場合は、やっぱり相手に説明してもらわないとわからないことが多い。
とりあえず〈スィム〉と〈リグル〉がどういう生き物なのか、それを教えてもらったんだよね。そしたら〈神の眷属〉と呼ばれる類の生き物で、はっきりとはわからないけれどおそらく天空の神か大地の神の使いだろうと。この神様達もいくつか固有名詞を聞いたんだけど、ちょ、発音しづらいうえに似たような名前で何人もいるようでちょっと待って……! となった。
覚え書きに使ってみるか、と紙ではなくやはり木の皮――白樺の樹皮だそうです、最も手軽に入手できるものらしい――をいくらか貰ったんだけど……ええと、何から書こう。まずは文字ひとつひとつの発音からじゃないのかな。とりあえず、この日はそれらの文字の横にカタカナで発音を書いたものを書きあげてみた。動物の骨で作られた尖ったペンに、煤を水に溶かしたインクで。『ふうん、そんな文字もあるんだね』と、オリガさんは興味深そうに見つめていた。
教えてもらうばかりも申し訳ないので、子守を手伝ったり、掃除や洗濯を手伝ったり。縫い物を手伝……おうとして勝手がわからず、やっぱり教えてもらったり。糸紡ぎや機織りは……うーんかなり難易度高そうです、もうちょっと他がそつなくこなせるようになってからにさせてもらおう……。
夕方より少し前にエーディクさん達が帰ってきて、狩りの獲物を分けて。帰る時にときどき野菜の酢漬けとか分けてもらったり――よく考えると真冬では貴重な食材なんですけど『あのバカが時々押しかけてるようだから、奴の食事代ってことで』と言われて。
晩ご飯でまた火を起こして――朝晩二回火を起こすと、その後余熱で家全体が充分暖かいんだそうだ。で、例の蒸し風呂とか、寝床を暖かく保つのに使ったり。
そういえば、あのお風呂にもわりと慣れてきた頃でしたけど。なんかゴソゴソッと、不穏な物音がすると思ったら、視界をよぎる黒いモノが見えて……?! お風呂の中ですよ、例の暖炉の中! なんだか背筋がゾワっとして、慌てて暖炉の入口を開けてもらい外に飛び出した。
「え、エーディクさん! なんかいる、暖炉の中……!!」
数秒沈黙していたエーディクさんは『……ああ』と呟いて。
『おそらく〈ドモヴォーイ〉だな。暖炉の中に出没するやつは、俺は他に思いつかん』
「は……?」
『家に棲む精霊だ。暖炉の中を住処にしているが、そう簡単には人目に出てこない――俺も滅多に遭うことはないんだが、ごく稀に見かける』
ひぇえええ、そんなとこにいらっしゃるんですか?!
『俺の時は確か、暖炉内部の掃除をサボった時に、嫌がらせをしに来たようだった』
あれ、いつもわりと几帳面なエーディクさんの意外な一面を聞かされ……そんなところで感心してる場合じゃなかった!! タオル代わりの布一枚巻き付けただけの格好で、エーディクさんにしがみついていることに気がついて、ものすごく気まずい。
『ま、まぁ、家を粗雑に使ってなければ、危害を加えることようなことはしない連中だから、な……』
そろそろっと距離をとろうとするエーディクさんの声が、なんとなく上擦ってる気がしたけれどこっちはそれどころじゃなくて。蒸し風呂で茹であがった顔が、さらに赤くなってたんじゃないかと思いますよ……。




