1.あるOLのヤケ酒風景
「――じゃ、そういうことで」
通話が途切れた後、わたしは緩慢な動作でスマホを仕事鞄にしまいつつ、会社からの帰路をゆっくりと辿りはじめた。
頭の中でさっきまでの会話がぐるぐると反芻されてる。えっと何ていうかその、まったく兆候がなかったとは言えないんだよね。それは自分でも薄々感じてたのに。
確かに最近連絡とってなかったよ。なんかすれ違ってるかもって思ってたよ。わたしに非がないとは言えない素振りだったかもって心当たりはあるのよ。そういうのはわかってるんだけどさ。
「やっぱりさ、別れようか」
「なんとなくだけど、この後も、うまくいかない気がして」
「――俺のほうが辛いんだ。舞夜についていけない気がする。ゴメン」
じ……実際に別れ切り出されると凹むわ。めっっちゃ凹むわ――。
電車を降り、慣れたいつもの経路で自宅アパートへ。最寄り駅の近郊はささやかながら、クリスマスのイルミネーションで彩られている。本格的とは言い難い、申し訳程度の飾りつけ。
――そんなに大規模でなくていいから。このくらいのでも充分楽しいし――そう言いながら二人で並んで歩いたのは、去年だったか、一昨年だったか。
商店街の通りでも、何かとクリスマスにかこつけたセール告知を貼り出してる。普段からお買い得品ばかりで、この不況なのに駅構内のチェーン店に負けず生き残ってる、活気のある下街。ここが地元というわけでもないわたしでも馴染みやすい、親しみのある雰囲気が好きなのだけれど、今夜ばかりはどうにも馴染む気にはなれない。
ふと、青果店の店先で、黄色いボコボコした塊が山積みになっていて目に留まる。
――柚子だ。実家でもこの時期よく見かけた。ジャムにしたり、お風呂に入れたり。そうか……今日は22日、冬至だっけ。「柚子湯やろう!」っていつも母さんが妙にテンション高くなっててさ――
あ、ダメだ。なんかやばいかも。
ほろっと滲みそうになった目尻を拭いつつ、小振りの柚子をまとめたお買い得ネットをひとつ買い。隣の酒屋で見つけてしまった、田舎でお馴染みだった蔵元の吟醸酒を買い……で、次第に閑静になる家路をとぼとぼと歩いて、独り暮らしの住まいに辿り着いた。
夕飯は残り物ですませて、本格的な晩酌をはじめる前にお風呂を沸かして。お湯が溜まっていく浴槽に、ぽこぽこと柚子を放り込む。はやく入ろう――今夜は長く飲みそうだから。
身体洗って髪洗って、柚子の香りに浸りながらあったまって、そこで今更気づく。
――そういや、誕生日じゃん。いつも母さんが、舞夜の誕生日は柚子湯だよって。忘れてた。上京してから自分で柚子湯なんてやらなかったから。なんとなく、わざわざ買った食べ物をお風呂に入れるのが気がひけたんだよね。実家では近所のどこかから貰ってたんだっけ……?
風呂上がりで湯冷めしないうちに髪を乾かす。いつの間にか伸びてるな、髪。セミロングのつもりでいたら、いつの間にかロングになってた……なんだか鬱陶しくなってきた、明日切りに行こうかな。
TV前のローテーブルに晩酌セットを用意していたら、ふとレースのカーテン越しに見える景色が気になって、窓を覗いてみる。やけに明るいと思ってたら満月だったんだ、それなら月見酒といこうか。カーテンを大きく開いてから、自分が座るクッションの位置をずらした。
TVはつまんない。でも無音なのが嫌でなんとなくつけている。落ち着く映画とか、音楽系の番組にしようかな。騒がしいバラエティや怖そうなのは避けてチャンネルを切り替える。東欧だろうか、どこかの旅行風景のレポートを映してるチャンネルで留めて、ぼーっと眺める。
……眠気がすごい。いつも出勤日でも、ここまで早く眠くなることはないのに。ある意味脱力感はいつもより感じてるんだけど、お酒のせいもあるかな。
時計を見たら、11時23分になってた。いつもよりすこし早いけど、寝ちゃおうか。でもまだベッドに入る気がしないな……クッションにもたれながらうつらうつらとしていたら、なんとなく窓の外の満月が目に入った。あ、カーテンは締めないと、朝になると冷えるだろうし。でも、なんだかこのまま見ていたいかも……傍から見れば相当だらしない格好で、そのまま寝入りそうになっていたんだと思う。
――それが突然、眠気が吹き飛んだ。