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赤髭の王冠 21

 旅立つ支度を整えた僕達の前に現れたのは、ルプスと傭兵団だった。彼らは仁王立ちをしながら城門の前でその時を待つ。その手に、膨らんだ財布と共に、小切手が握られていることに驚く。僕がそれを気にしながら、見送りの為に現れたステラや、厚生大臣ディートハルトなる紳士や、エルヴィンを見比べていると、フランは楽しそうに笑い、僕の背中を軽く押した。


「ほら、いつまで突っ立っているのよ。別れの挨拶をしましょう」


 僕は頷く。エルヴィンは嬉しそうに頷きながら、僕の言葉を待つ。ステラは杖で地面を小刻みに叩きながら、僕に視線を送る。僕は、一度深呼吸をして頭を下げた。


「それでは、行ってまいります」


 大切に梱包されたプロアニア政府の見解をまとめた資料と親書を片手に、エルヴィンは僕と同じように頭を下げた。


「ムスコールブルクは冷えますよ、しっかりと支度しましたか?」


「必要最低限のものは私が手配しました、ご安心ください」


 ディートハルトは顎鬚を摩りながら言った。僕は彼にもしっかりと礼を言う。荷馬車には、「監視役」の運転手が既に控えている。僕は最後に、ステラに頭を下げ、互いに握手を交わし合う。ステラは小さく鼻を鳴らしただけで、すぐに踵を返して宮殿へと向かっていく。

 僕はその背中を見送り、馬車に向かう。フランは僕に先んじて馬車に乗り込み、ヤトを膝の上で抱きながら、優雅に手を振った。


 途端に、臆病風が吹く。エルヴィンのいない旅。今度は僕がフランを支えなければならない。交渉の席にも僕一人で付かなければならない。しかも、今度の相手は友好的な相手ではなく、未知の政府や、未知の革命軍かもしれない。臆病な僕に、相応の仕事ができるだろうか?足が鉛のように重い。持ち上がらなくなった足が、振り返ろうとすると、その背中に、強い衝撃が与えられた。

 バランスを立て直して振り向こうとする僕の首を、今度は何者かが支える。頭の天辺に吐息がかかる。


「……私は、ずっと、貴方を守るべき対象なのだと、そう自覚して旅を続けてまいりました。貴方は保護しなければすぐに滅びてしまう。そうすれば、私達は、一つの貴重な情報源を失う事になる。それは、避けねばならない事ですから」


 馬面が動く。旅立ちの頃、ゲンテンブルクの名に震えあがった時のような恐怖を背中に感じた。それに構わず、エルヴィンは続ける。


「次第に、旅立つころには気づかなかった貴方の人間としての側面を知ることになりました。エルド様、貴方が単なる情報源であれば、もしかしたら、貴方をエーゲンベルトに差し出していたかもしれません。私は、それ位「薄情な」人間なのです」


 僕は黙って頷く。彼は一層優しい声で続けた。


「もし、運ぶ相手が貴方でなければ、あの森を突破することはできなかったでしょう。貴方でなければ、あの美しいアクトーンを、美しいと思わせてくれることもなかったでしょう」


 ガタガタと肩が震え始める。唇を噛みしめ、嗚咽を噛み殺す。

 ゲンテンブルクに照り付ける陽射しは、低く立ちこめる煤煙に乱反射した。工場は相変わらず無機質にその煤煙を吐き出す。道を行く民族衣装の人びとは、僕達を見送ろうとする様子もない。無関心が通り過ぎ、それらの後を追うように、体中を震わせた老いた浮浪者が、ぼろ布を纏ってその煤塗れの足を動かす。ゲンテンブルクの時間は止まることは無い。僕の時間はどうか?


「貴方は、私に一つのねじを下さった。そのねじは止まったゼンマイを動かしてくれました。いつの間にか、貴方は、私の中で、守るだけの存在ではなくなってしまいました」


 温い風が通り過ぎると、ディートハルトが咳き込むのを苦しそうに抑える。栗毛の馬が鼻を震わせる。僕は、鼻を啜る。


「強くなったね、エルド」


 僕は顔を持ち上げた。薄い煤煙の向こう側に太陽が燦々と輝く。馬車に飛び乗ると、御者台から鞭を打つ音が響く。馬の嘶きと共に、馬車はゆっくりと出口へ向かっていく。僕は身を乗り出し、窓からエルヴィンを見る。静かに手を振る彼は、変わらずに笑顔だった。


「エルヴィン、ありがとう!僕は、きっと、成し遂げて見せるから!」


 これまでの過酷な旅路を思う。時には野生が牙を剥き、人に傷付けられた。

 それと同じくらい、僕は野生に背中を押され、人に助けられたのだと。そして、僕がそれと同じくらい、野生を悪用し、描き残し、人を傷付け、支えたのだと、信じたい。願わくば、艱難辛苦の旅路の果てに、君や、僕に救いがあるように。


「フラン、僕は、負けないよ」


 エルヴィンが煤煙に隠されて座りなおすと、ヤトが僕の膝の上に乗る。フランは僕らの後ろを追いかける馬車の一台を一瞥し、一つ鼻を鳴らした。


「……だったら、見せてもらうわ。そんな細い手で、国一つ救えるのかどうかを」


「国一つなんかじゃないよ。僕は、ただ、生き残るだけだ」


 フランや、エルヴィンとの出会いが、確かに、僕を生き残らせていた。僕が生き残るには、解決するべき問題が多い、それだけなのだ。

 そう思うと、自然と背筋が伸びた。


 工場の群れから煤煙が立ちこめる。力強く生きるぼろ布の人々と、資料と睨みあってペン(武器)を取る、よく肥えた人々が通り過ぎる。足早に通り過ぎる馬車の群れと、鋭い眼光でそれらを睨み付けるルプス達。

 城壁を抜けると、広い空と道があった。整備された道路に、馬車が並ぶ。僕は高い空を見上げて、これからの事を思った。


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