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黒と白の境界 7

 僕は城内の地下にある、王族専用の牢獄に幽閉される。ごつごつとした座り心地の悪い石畳の上に放り投げられ、尻餅をつく。僕は直ぐに檻に手を入れ、揺すりながら訴えた。


「何かの間違いです!出してください!だって、あの、使用人が……!」


 看守は険しい表情で僕を睨む。僕は涙を引っ込め、真っ赤になった眼で彼を見上げた。


「あの使用人のスケジュールでは、シーグルス様の下で仕えている時間です。エルド、様の下にうかがうことはありません」


 近衛兵は冷たい声で言った。僕は叫びながら、その言葉の間違いを指摘する。彼は確かに、確かに僕の部屋に来たのだ。

 僕の声は虚しく牢獄に響くだけで、看守の心には響かなかった。彼は日常の業務と同様に、僕の声を聞き入れることなく立ち去った。


 数時間後、膝を抱えていた僕の目の前に四つの椅子が並べられる。それから暫く経つと、重なり合う革靴の音が牢獄に響き始めた。

 革靴の音が響いて暫くすると、心配そうな表情のシーグルス兄さんと、怒りを隠しきれないヤーコプ兄さん、異端審問官さながらの父さん、そしてエーゲンベルト伯爵の四人が、僕の前に現れた。

 ヤーコプ兄さんの服は変わっており、先程よりも幾らか派手なものとなっている。仄暗い牢獄に身を隠せそうな漆黒の服を身に纏った父さんは、常に僕を威圧するように見ている。

 エーゲンベルト伯爵は嬉しそうににやにやと笑いながら、最も左端に腰かけた。


「それでは、エルド、お前の弁明を聞こう」


 父さんが言う。ヤーコプ兄さんが僕の弁明を遮った。


「あぁ、一つ言っておくがね、君の言っていた使用人にはアリバイがあった。あらゆる状況証拠も、先に調べさせてもらったよ」


 僕は悔しさを下唇に込めて噛み殺す。この中の何者かが、僕を無関係な権力闘争から排除しようとしている。燭台の炎が風圧にあおられて揺れると、彼らの顔に落ちていた影も一瞬動き、彼らの顔に張り付いた深い彫の位置を変えた。


 尋問は牢獄の中で静かに行われた。拷問は行われなかったが、彼らの痛めつけるような視線と、牢獄の生臭さが僕を酷く痛めつける。それは、戦場にも出ず、また社会の中で一定の立場も与えられないでいた僕にはひどく堪えたが、そのいずれも当てはまらない四人は気にすることもなかった。


 このような、まるで地獄を任された王のする裁判の如き仕打ちがされる理由は、現状、華やかな宮廷の表舞台に出ていない僕は、一族の恥として明るみに出る前に処分してしまった方がよいからであろう。僕の名が宮廷によって明確に刻まれた記録は、出生の記録だけである。つまり、僕を見た者は一族以外の貴族連中にはおらず、病死として揉み消すことも、影武者を立てることも可能なためだ。


 冷たい石畳の感触と、暗い牢獄の中で、僕の悲鳴は声がかれるまで続いた。しかし、誰もそれを聞き入れることは無い。それは、唯一メリットがあり、時間的にも余裕のある僕にならば、毒を盛ることが出来るためであった。

 しかし、シーグルス兄さんに疑いの目が向けられないのは明らかにおかしかった。何故なら、使用人を操ることが出来るのは僕ではなく彼であり、簡単に言いくるめられるためである。

 それでも、僕を疑う要因は状況証拠と、使用人の証言にあった。つまり、エーゲンベルト伯爵は使用人が常にシーグルス兄さんに付いていたと言い、使用人自身も部屋から離れてはいないと言ったためだ。そして、何よりも、厨房で僕を見たというものまで現れた。

 僕からすれば、何者かの差し金であることは疑うべくもなかったが、彼ら「ヤーコプ兄さんの暗殺に利益のない者」の証言を集めれば、僕以外には考えられないからだ。


 陰惨な尋問は夕方まで続いた。兵士の耳打ちを受け、四人は結審をする前にそそくさと退散したためである。


 看守さえ階段の前に戻り、牢内は一気に静寂と暗黒に包まれた。僕は膝を抱え、牢獄の隅に蹲った。誰一人、味方がいないと明らかになったからだ。そして、何よりも、味方を作ろうとしなかった僕の過失を悔やんだ。

 何が群衆に紛れることが好きだ、庶民に慣れ親しんだところで、誰も僕を助けてくれるはずはないのだ。まして、聖典派の人間と慣れ親しむリスクさえ生まれてしまう。最悪の悪目立ちどころじゃない、こんな風に死にたくなんかない。


 僕は二畳の小さな牢獄の隅から、燭台の炎を見る。

 切られた首は何処に行く?どこに焼却される?最早死から逃れる事を諦め、せめて来世で救われるための祈りの口上を、静かに捧げた。

 その際、政争に巻き込まれたもう一匹の犠牲者の無残な最期を思い、自然と涙が零れる。


「きっと救われる、きっと……」


 白目を剥いた猫が脳裏に焼き付いて離れない。それは言葉もなく、ヤーコプ兄さんに目を向けられていた。僕の呟きが誰に対した言葉なのかは、自分でも分からないままだった。

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