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川向かいの同胞へ 1

 僕達は、一等霧の深い日に出発することになった。エルヴィンは少し緊張気味に手綱を握って待機し、別れの挨拶は玄関で僕とフランチェスカだけで行った。

 僕は彼に友好の証として何かを送ろうとしたが、そこは有力な貴族らしく、僕の足跡が残るようなものは一切受け取らないと言った。

しかしながら、リヒャルトの熱烈な送別は、本当に娘を嫁に出すのではないかというような豪華さで、拠出金代わりの軍資金まで渡された。「フラン、フラン」としきりに抱擁する父の事を、フランチェスカは鬱陶しそうにあしらっていたが、それでもまんざらではないようで、抱擁を返し、頬に別れのキスまでしていた。

僕はそんな姿をまじまじと見つめ、思わず顔が綻ぶのも我慢できなかった。

 

 別れをすましてからは迅速に馬車に乗り込み、無言で手を振る。

 リヒャルトは笑顔で返していたが、それでも目は潤んだままだった。


 馬車は規則正しく道を行き、特別通行証で荷物検査も無くホスチアを後にする。

 荘厳な城壁の向こう側には、石垣と石畳の道路が伸び、遥かな先に深緑の森が見えた。


「……」


 フランチェスカは荷台から離れていく故郷を見つめる。目深に被ったフードと、喪服用のヴェール越しに、故郷を目に焼き付けている。


「寂しい?」


 僕がそう訊ねると、彼女は小さく頷く。暫くして、優しい微笑みを浮かべながら、目を瞑った。


「私のこれまでのすべてが、あんなにちっぽけな町だったなんて、少し驚いたけれど?」


「僕も、初めはそう思ったかな」


「嘘、それどころじゃなかったじゃない」

 

 彼女は目を細め、甲高い笑い声を上げる。馬の嘶きにも似た、とても高く喧しい笑い声だ。


「確かに、思ってなかったかも」


「エルド様は、生きるために必死でしたねぇ」


 御者台からの意地悪な声。耐えかねたフランチェスカは、やはり甲高く笑った。


「うぅ、ちょっと、エルヴィン……!」


 僕は顔を真っ赤にして、御者台を睨む。しかし、彼は楽しそうに笑いながら、馬車の速度を少し上げた。僕は抵抗することもできず、ヤトを抱き上げて顔を埋める。

 とはいえ、少しだけ賑やかになった旅は、思ったよりも快適で、暇つぶしの為にあれこれと考え事をする時間も少なくなった。

 気づけは空には月がのぼり、駅で宿を取り、厳重に鍵を閉めて休む。野宿よりも安全とは言え、未だホスチアの住民とすれ違う事もあるだろうという事で、互いに気に掛けられるように同じ部屋にした。


「お尻が痛いわぁ……。肩揉んでほしいなぁ」


 フランチェスカは部屋に入るなりそんなことを言った。エルヴィンは苦笑し、彼女に窓際の席を譲る。彼は一番下座に控えるつもりのようで、部屋の端に控えている。


 室内は落ち着いた雰囲気で、煉瓦造りの簡素な作りだ。しかし、ランプや作業机、柔らかなベッドなどは一通り揃っており、一泊する分には何一つ不自由ない。

 宮殿での生活に慣れ切っていたフランチェスカは、長旅に疲れたのか、小さな欠伸をして、ベッドに腰かけた。僕も、エルヴィンに礼を言ってベッドに座る。


「旅って退屈なのねぇ」


「その分、色々話が出来たじゃないか」


「まぁ、そうね。他にやることもないもの」


 フランチェスカは髪を背中に流し、結ぶ。すっかりオフモードに入ったためか、普段よりも無防備な印象を受ける。


「どうか、少しだけ御辛抱を。フランチェスカ様」


「フランでいいわ、長いもの」


 彼女は化粧を落としながら言う。エルヴィンは恭しく頭を下げた。


「承知いたしました、フラン様」


 彼の返答に、フランは冷ややかな目を向ける。僕が眉を寄せるのが視界に入ったのか、彼女は少し視線を逸らし、「よろしい」とだけ答えた。彼女は大きなため息を吐き、そのまま眠りに落ちた。


僕は放したヤトを観察しながら、スケッチを始める。


「しかし、ホスチアが心配ですね」


 エルヴィンは、フランが寝息を立て始めたのを確認してから話しかけてきた。僕は一つ頷き、エルヴィンを一瞥する。


「リヒャルトさんも犠牲者になりかねないよね」


「はい。それも含めて、彼女の同行を承認したのですが」


 僕は黙って頷く。エルヴィンの懸念は、魔女の親族であるリヒャルトは、今後最も魔女としての疑いが深いと考えられることにある。その上、処刑の際に見せた醜態は、明らかに彼らの疑いを深めるのに手伝っているだろう。

 リヒャルトが権力者であることは疑いないのだが、魔女であるか否かと、権力者であるか否かは全く別の問題である。加えて、彼は周囲からの密告にも注意しなければならないだろう。


「……ホスチアと同じような歪みを抱えている町は、プロアニアでは珍しくありません。私達も、警戒が必要でしょう」


「そうだね」


 エストーラ以上に、誰も信じられない。

 エルヴィンは時間を懐中時計で確認する。


「そろそろ休みましょうか」


「うん、お休みなさい」


 僕は就寝の挨拶をし、布団を被る。横たわった時に見えたフランの背中は、何故か震えていた。


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