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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第二章 魔女の呻きはキィキィと
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魔女の呻きはキィキィと 20

 僕達は、終始無言のまま帰路に着く。僕の代わりに、フランチェスカの膝の上に乗ったヤトはひくひくと鼻を動かしながら、気ままに草を食んでいる。

 夕刻のホスチアには一番星が輝き、灰がちになった空気により風景が濁っている。

 晒し台のあった広場には火刑台が設置されており、今まさに処刑の為に準備が成されているところだった。

 僕は火刑台の周りに敷き詰められていく藁を車窓から見ながら、出来る限り周囲の人々を見ないようにしていた。

 

「また、魔女かしら……」

 

「害悪魔女?」

 

 フランチェスカの呟きに、僕は訊ねる。彼女は外を見たまま頷き、小さく欠伸もした。

 

「人間は悲しいものね。狂気と快楽の為にある物も特別な理由を付けたがって、自分達が賢いと思い込んでいるなんて」

 

 通り過ぎる広場の光景が、夕焼けに照らし出される。反射するオレンジの光によって、火刑台はまさに火を焚かれたように赤くなっていた。火刑台を包む藁には深い黒色の隙間が所々にあり、当たった光によって強調された陰影は、垂れ流された溶岩を想起させる。

 

「住処を追われた魔女たちは、とても苦しいだろうね」

 

「変なことを言うわね。害悪魔女を擁護しているようだわ」

 

「擁護できる力もないよ。ただ、あの火刑台が僕と重なっただけだ」

 

 垂れ流された溶岩に住処を追われたオオウミガラスは、僅かな生き残りだけが、「危険な」岩礁に移り住んだ。人間はそれを狩り尽くした。後になってみれば、それだけの話だ。時間が彼らの手を洗い流したように、人間になった僕には、遠い記憶のように思えてしまう。

 

「それでも、悔しかっただろうなぁ……」

 

 僕は独り言ちる。答える者もなく、僕は目を瞑り、馬車が揺れ動くのに身を任せた。

 

 

 自室に戻ると、僕はメモ帳を取り出す。プロアニアの水力紡績機を、仕組みを思い出しながら書き込む。

 巨大な空洞の中に、所狭しと並べられたボビン、こよりを作る為に回転する車輪と、天井を這う巨大なクランクロッド、受け売りの用語を文字から絵へと描き替えていく。

 濛々と立ちこめる蒸気の正体はあの場所にはなく、頑丈な扉で閉ざされていた。あの先には、プロアニアが隠したい新技術があるのだろう。

 

 ふと、手が止まる。動く車輪とボビンを替える少年少女、あの女性たちを書くべきだろうか?

 僕は、一旦ペンをおろし、制止する車輪と睨みあいを始める。

 確かに、あの人々を書かずして、作品が完成したとは言いづらい。しかし、彼らが僕の訪れる前から、帰るまで、休みなく働く姿を書けば、この絵の中にはたくさんの白目の人物が描き出されることになるだろう。それもまた、未完成な作品となる。

 僕は一旦メモを捲る。裏に滲んだペンの跡が、僕の手に力がこもっていたことを表す。広がったペン先と、滲んだインクの色が重なると、ぼたぼたと紙に黒色の染みを広げていく。

 

 不意に、扉をこじ開ける音が屋敷に響き渡る。僕は驚き、音のした方を見た。玄関口から大きな怒号と、抵抗する音が聞こえる。僕は廊下に出る。足をばたつかせる際に響く音の重量から、それが大人の男性が足をばたつかせる声だと分かる。僕は耳をそば立てながら、周囲を見渡した。

 そして、黒ずくめの軍団が階段を上る姿を確かめると、僕はすぐに顔を引っ込め、ベッドのシーツをはぎ取った。

 窓を全開にすると、大量の馬車が停車している。エルヴィンのもののすぐ隣に、純白の壁を持った車両の屋根に、プロアニア教会のシンボルである槌と鋸を象ったアクトーンの角が立っている。

 僕はシーツを垂らすのをやめた。これは、僕の事情じゃない、そう確信したためだ。

 

 案の定、黒ずくめの軍団は暫くしても僕の部屋を開けようとしなかった。代わりに、隣の部屋から激しい叱責の声が響く。その時、夕刻の火刑台が脳裏に浮かび上がった。

 

 やがて隣の部屋は静かになった。僕は、それからしばらくして、エルヴィンの部屋へと向かう。

 

 使用人室の一区画に、エルヴィンの寝床があった。それなりに高貴な身分であるエルヴィンさえ、使用人と寝食を共にさせる、ルーデンスドルフ家の格式の高さに驚く事もせず、僕は二回ノックし、返事の前に扉を開いた。

 

 エルヴィンは、既に支度を整えていた。

 

「エルド様……」

 

 急激に、全身の血の気が引くのを感じた。エルヴィンはきまりが悪そうに視線を逸らす。僕は引いた血が頭に昇るのを感じる。沸々と湧き上がる感情を、簡単に抑え込むことが出来なかった。

 

「エルヴィン……。何故、出立の準備を?」

 

「明日、ここを発とうと思いまして……」

 

「あれを見て、逃げようとしたのかと聞いている!」

 

 僕は咄嗟に彼の胸ぐらをつかんだ。彼の体重に対して僕の筋力は貧弱で、殆ど持ち上がることは無かったうえ、駄々をこねる子供のように見えたかもしれない。

 エルヴィンは黙って僕の手を捻る。簡単にねじれた僕の細い腕は、痛みに耐えかねて彼の胸ぐらから手を離してしまう。苦痛に歪んだ僕の顔に、エルヴィンは冷ややかな目線を送る。

 

「魔女は滅ぼさなければならない。聖典の言葉です」

 

 プロアニアは文明の中心地、決して後進国ではなく、魔術の才に頼らない彼らが生み出した数々の奇跡は、色褪せるどころか益々輝きを増している。

 しかし、魔術師を知らないからこそ、彼らには、「魔女」を極端に恐れる性質がある。一世紀ほど前の戦争での、連合軍への敗北、それに伴った技術の流出による、列強の一つエストーラに齎されてしまった機関銃。蜜月のムスコール大公国に燻る、不安因子の存在。聖典派と聖言派の対立に起因する、国内の分裂。そして何よりも、技術の発展によって失われた仕事と、度重なる雹と煤煙による、奇病と食糧難。それらのあらゆる恐怖が、魔女の手によって齎されるという、信仰めいしんと結びついた。

 

「エルヴィン!彼女が魔女かなんて、分からないよ!」

 

「魔女かどうかが重要なのではありません。魔女であると認めるか否かが重要なのです。貴方も、この町の骸の一つになりたくないならば、私と一緒に逃げましょう。エルド様」

 

「エルヴィン……!」

 

 エルヴィンは僕を壁に押し付けた。内臓が強烈な振動に晒される。エルヴィンは、怒りの中に恐怖の感情を織り交ぜた、険しい表情をしていた。

 

「エルド様、貴方は私達にとって有益だから助けたのです。私は、無益の為に死にたいわけではありません」

 

 僕の足が竦み、ガタガタと震えだす。やがて立つだけの力を保っていられなくなり、僕は地面にへたり込んだ。エルヴィンは荷物を持ち上げ、立ち上がる。

 

「明日にはここを発ちます。彼女が拷問を受けている間に逃げれば、私達だけでも助かるはずだ」

 

 僕は首を横に振った。それでも、僕には従うしかなかった。体中が痙攣する。こんなのはおかしい。その一言が言えたのならば。

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