表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第二章 魔女の呻きはキィキィと
32/176

魔女の呻きはキィキィと 13

 順路に従い進み、太陽が傾き始めてから暫く経つと、プロアニア特有の不味い空気が漂い始める。そして、湖の宿では見られなかった深く先の見えない霧と煤煙の混ざったものが漂い始める。僕は咳き込み、ヤトを抱き上げた。

 鐘楼よりも高い煙突と、分厚い城壁、彼方此方にある法陣など、プロアニアの技術の贅を尽くしたこの町は、やはりメルヒェンと同様に雲のような煙を濛々と立ちこめさせる。


「さぁ、ここはホスチアという町ですよ」


 外観上はそれほどメルヒェンと違いがない。しかし、中に入ると、その光景はずいぶん違っていた。


 巨大な平屋の間に挟まって、背の低いバラック小屋が立ち並ぶ。中央の領主の館らしきものは、平屋建ての中では際立って背が高く見えるが、工場に聳える煙突に勝るものではなかった。

 メルヒェンは交通において非常に整備の行き届いた町であったが、ホスチアの道路は狭く、馬車が二台すれ違うのがやっとといったところだ。また、交通整備員もおらず、色で交通を整備する機械だけが交差点に立っている。

 赤い毛並みと冠のような毛を持つ鷲の魔物、アドラークレストを頂きに象った凱旋門を抜けると、領主の館がある。この館を中心に円形の交差点があり、この交差点の周りにのみ、日用品や食料を売る店舗が密集していた。

 この交差点の南西にはやや規模の大きいコーヒーハウスがあり、ここだけが大盛況となっている。

 軽く身を乗り出し、コーヒーハウスの中を覗き込むと、身なりのよい長身の貴人たちが新聞を手にあれこれと語らっていた。


 僕達の馬車は交差点を回らずに直進する。


「この交差点は、交通整備員が要らないように試験的に作ったものです。始めは皆混乱したようですが、今は事故の発生率も減りましたね」


「事故が減るのはいい事だ」


 馬車が子供を轢き殺す事故は、エストーラでも比較的頻繁に起こる。ノースタットほどの大都市になれば、毎日一度は、馬車同士の衝突事故に起因する喧嘩が見られるほどだ。

 このホスチアを治める領主は、僕の記憶が正しければ相当の名家であるが、交通整備においても、称賛に値するような先進性を模索しているらしい。僕は、宮殿の塔を見上げた。


「……ところで、道、間違えていたりはしない?」


 僕はこのまま直進することに一抹の不安を抱いていた。ホスチアは、その名を僕達が神の恩寵の一つとして捉えている「聖なる肉体」を意味する言葉から取っている通り、古代から、領主は巨大な穀倉地帯を持つ。古代からの習慣であるが、大穀倉地帯を擁する領主は非常に高位の貴族であり、つまり、僕達皇帝一族にかなり近い位の貴族である。そして、記憶する限り、ホスチアの名門と言えば、幾度かエストーラ一族と皇帝位を争ったルーデンスドルフ一族である。


「今日はこのお屋敷にお世話になりますよ」


 案の定、というべきだろうか。僕はここで暫く幽閉でもされるかもしれないと高を括り、汚い空気を一杯に吸い込んだ。

 濁った不味い空気でも、慣れてしまえばなかなか美味しいものだ。僕の動作を認めると、エルヴィンは呆れたように笑う。


「いやいや、もう少し信頼してもらって構わないんですよ?少なくとも、エルド様はお客様ですから」


「……すいません」


 馬車は城門の前で呼び止められる。エルヴィンは兵士に伝令と思われる手紙を手渡し、紋章付きの身分証明書を渡す。兵士は身分証明書に書かれた人相の特徴とエルヴィンの顔を見比べ、二、三度頷いてそれを返した。

 暫くして、門が開かれる。恭しい最敬礼と共に、馬車はゆっくりと動き出した。


 館には庭園と言うものは無いらしく、まっさらな土地に幾つかの馬車が停められている。エルヴィンは客人用の停車場に馬車を止め、使用人に馬車を預けた。


 いざ殺風景な停車場に立つと、庭園のない城の背の高さに驚く。左右に構える尖塔は、霧と煤煙に隠れて先端が見えない程に高い。御伽噺の姫が囚われていそうな塔に挟まれた玄関は、洗練された近代建築であり、落ち着いた白い壁の中に埋まるような大きな両開きの扉には、多くの貴人がその先に期待を膨らませて入っていくことだろう。


「ルーデンスドルフ家は古くからこのホスチアを治めるプロアニアの名家です。エルド様ならば特別に心配する必要はないかと存じますが、くれぐれも粗相のないようにして下さい」


 エルヴィンはこわばった表情を浮かべている。僕は黙って頷いた。

 ルーデンスドルフ家は、かつては皇帝候補を何人も出した名家中の名家だ。単純な血縁だけであれば、プロアニアの君主よりも格上であり、僕達エストーラ一族と同等か少し下に当たる。

 プロアニアの秘匿性の為に、彼らがホスチアでこれほどの城を擁していたことまでは知らなかったが、その名を聞いて顔を強張らせないような貴族はいないだろう。当然、エルヴィンも僕も、その例に漏れない。


「さぁ、行きましょう。殿下がお待ちですよ」


 僕は頷いた。エルヴィンよりも先に足が出たのは、腐っても皇帝一族としての誇りを持っていたためだったかもしれない。この壮麗な宮殿は、ベルクートの家紋にも臆することはなく、無駄のない停車場を睨みながら、整然と、夜霧の玉座に腰を据えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ