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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第二章 魔女の呻きはキィキィと
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魔女の呻きはキィキィと 11

 中途にある観光地を一切通り過ぎ、美しい景観も無視して馬車は進む。僕はヤトの毛づくろいや、メモ帳のチェックをしながら暇をつぶしていた。


 代り映えのしない景色はどの国もあまり変わらないらしく、プロアニアも例に漏れず草原や目の端に微かに顔を覗かせる森と山の光景がひたすら続いていた。

 石垣と柵も相変わらずであり、馬車の速度も自然と速くなる。それでも揺れが少ないというのは、やはりプロアニアらしさだと言えるのだろう。


 そんな長旅を続けて二日が経過した。バーデンブルク地方もいよいよ境界に至る所で、僕達は一旦湖の畔にある宿に泊まることになった。


 外観は木造の年季の入った宿であり、中に入ると古い家特有の黴臭さが鼻を刺激した。


「これは、動物を同室に入れるのは不可でしょうね……」


 エルヴィンはヤトを見ながら言いづらそうに呟く。荷馬車は宿の隣にある木製の厩へと向かっていた。


「仕方ないね」


 僕はヤトを荷台におろしてやり、答えた。そもそも、通常動物同伴が可能な宿と言うものはあまりないので、特別に落胆するものでもないだろう。


 簡素な厩に入ると、読書中の老人が顔を上げて立ち上がる。彼は、僕達の服装に少々驚いたようだったが、何も言わずに荷馬車を厩の中に先導した。

 藁が敷き詰められた個室には、水入れと餌箱があり、家畜特有のにおいも新しいものだけで、厩の手入れはそれなりに行き届いているらしかった


 老人は先導を終えると、御者台のエルヴィンに近づく。エルヴィンはチップを渡しながら訊ねた。


「兎なんかは宿の中には無理ですよね?」


「あぁ、申し訳ありません。狭いぼろ宿なので、どうかご勘弁を」


 彼はそう言うと、首輪と縄をエルヴィンに渡した。エルヴィンはそれを受け取ると、そのままそれを僕に渡す。


「ありがとうございます」


 そう言ってチップを取り出すエルヴィンに対して、老人はにこやかに首を振る。


「いえ、いえ、いえ。そんな、受け取れませんよ」


 彼はそう言ったものの、エルヴィンは無理にチップを彼に渡した。


「あ、あぁ、ありがとうございます。すいません……。首輪はチェックアウトの際にお返しください」


「はい、お願いします」


 エルヴィンが答え、御者台から降りる。僕はヤトに首輪をつけ、縄を荷台の柱に括り付ける。そして、荷台を降り、老人に頭を下げる。老人も僕に対してそれを返した。


 一拍置いて、エルヴィンが会釈で別れを告げる。老人はさらに深く丁寧に頭を下げ、僕達二人を見送った。


 宿に入ると、入り口直ぐに小窓と扉があり、最低限の受付があるだけで、細い廊下の先に左右に五部屋ずつ、客室らしきものが並ぶ。一番奥には共用の洗面所があり、台所らしきものは確認できなかった。


「ごめんください!宿泊したいのですが」


 エルヴィンが声を張り上げる。入り口の小窓が開き、老婆が顔を覗かせた。

 老婆の瞼はすっかり落ちており、皺だらけの顔と手入れの行き届いていないぼさぼさの白髪が暗い印象を与える。彼女は眠たそうな瞼を持ち上げて僕達の顔を見比べると、首を傾げた。


「随分といい服ですが、他に宿はありませんでしたかな?」


「いえ、道を急いでおりましたので、なるべく進んでおきたくて」


 エルヴィンが答えると、老婆は片眉を持ち上げ、何度か頷く。


「そうかい、それは大変なことで……」


 彼女はそう言って受付用のリストを差し出した。エルヴィンは引き換えに前金を支払うと、名前と住所などを記載する。それを見た老婆は、口から空気が抜けるような音を出した。


「ほぉー、お偉いさんじゃあないか。ゆっくりお休みになっておくれ」


「はい」


 エルヴィンは答える。鍵を受け取ろうと身構えていた彼だが、老婆は二人分の部屋の名前だけを書いてさっさと立ち去ってしまった。


 僕達は顔を見合わせ、暫く立ち尽くしていたが、老婆の書いた部屋の名前を頼りに自室を見つけた。


「それでは、おやすみなさい」


 エルヴィンとは隣同士の部屋であったため、互いにドアノブを取りながら挨拶を交わした。


「おやすみ」


 殆ど同時に部屋の扉が開き、閉められる。扉の鍵は内側からしかかけられない仕組みになっているらしい。通常の鍵と木のつっかえ棒で錠をかけた僕は、部屋の中を確認した。

 メルヒェンのような都会と違い、この宿は旅人が一夜を過ごすためだけの簡素なものであり、収容所のような狭い部屋の中に、ベッドが一つあるだけだった。

 小さな窓からは湖を見ることが出来る。草原の中にぽっかりと開いた口のような湖には太陽が映り、水面の揺れる様に身を任せている。彼方の山並みは端正な三角形をしており、荘厳な面持ちで佇んでいる。確かに美しい光景だった。


 僕はベッドに腰かけ、ぼんやりと景色を眺めた。沈んでいく太陽が山の中へ消えると、僕はやる事がないことを察し、ベッドに身を委ねた。

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