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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第二章 魔女の呻きはキィキィと
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魔女の呻きはキィキィと 7

 バイアンの夜は殊の外明るく、往来する群衆が疎らになってなお、酒場には明かりが灯っていた。

 交通整備員は流石にいないが、その代わりにガス灯が灯り、交差点には色付き硝子をはめ込んだ不思議なガス灯もあった。これが交通整備員の役を担っているらしい。

 ガラスとはいえ色付きであるため、深い霧も手伝って、内部のガス灯が点灯しているのか否か判然としない時もある。そのためか、馬車も止まったり止まらなかったりとそれぞれの行動をしている。

 僕は単純にその技術の高さに関心を示したが、同時に押し寄せる緊張感を抑え込む事は出来なかった。

 荷台が振動するたびに、僕はヤトを抱きしめる。振動の中で互いの鼓動を確かめ合うようにしながら、僕は通り過ぎるガス灯を数える。

 僕は高鳴る鼓動に合わせて御者台に向けて囁くように訊ねた。


「スピードを上げた方が……」


「外観はただの荷馬車です。あえて急ぐ方がリスクを高めます」


「……紛れる、という事だね」


 僕の呟きにエルヴィンは頷く。馬車の速度はあくまで低速なまま、彼は大通りを走り抜ける。

 大通りを突き抜ける馬車の数もまだあり、バイアンの町が、ノースタットよりも眠らない往来の中にある事が分かる。

 大通りを駆け抜けると、彼方にぼんやりとした街灯が映り、霞みがかった中に特有のアーチが現れ始めた。その間にも通り過ぎる対向車とすれ違う。


 ぼんやりとした明かりの中に人影が写ると、関所も稼働していることが分かる。関所に立つ警備も兼ねた兵士達は眠たそうに大きな欠伸をしていた。


 行列とは言えないものの、関所には馬車の姿が見える。

 徐々に明確になる関所の輪郭と、兵士が手をつき出す姿が現れる。

 エルヴィンは徐々に減速し、関所に顔を見せた。エルヴィンの顔を確認すると、兵士は丁寧に頭を下げ、関所の中から顔を覗かせる兵士に目配せする。

 関所の兵士が紐を引き、微かにベルの音が鳴ると、ゆっくりと関所と高原植物の散見される草原を遮る扉が持ち上がる。ガラガラという滑車の音が、バイアンのぼんやりとしたガス灯の中に響き渡る。

 バイアンの夜道に響き渡る扉の音に思わず身を竦めていると、背後に車輪の音が近づいてきた。僕がふり返ると、エルヴィンがすかさず僕の襟を引いた。僕は尻餅をつきながら、荷台の中から後ろを見る。

 その馬車は他の馬車と代り映えしないものだったが、それが却って霧に隠されてはっきりとした姿を捉えられず、恐怖を煽る。


 エルヴィンは去り際にチップを一枚兵士に弾きながら発車する。兵士は器用にコインを受け取ると、満面の笑みで送り返した。


 僕は背後の扉を見送る。僕たちを乗せた馬車が通り過ぎた瞬間からゆっくりと閉ざされる。背後にいたはずの馬車がせき止められるのを確かめると、僕は遠ざかるバイアンの城壁が開かないことに安堵のため息を吐いた。


 高地に吹き付ける夜の風は肌寒く、背後に聳え立つシュッツモートとスエーツ山脈がそれを遮る。持ち上がった肌寒い空気が気流を生み、鷲が夜の闇を切る。


 落ち着き始めた心臓の鼓動とは裏腹に、馬車を揺らす車輪はその速度を増す。今回は森の中を突き抜けるような蛮行をせずに、しっかりと人の往来がある道を走り抜ける。

 通り過ぎる景色は速度を速め、草原を認める事が難しい。さらに街道と整備されていない草原の間を遮る馬の脚部ほどの高さがある石垣も、草原を見づらくすることを益々手伝っていた。


 エストーラと比べて整備された街道は、速度を上げても石に足を取られることもなく、さらに二車線作られることによって、その速度を遮るものを益々少なくさせる。

 バイアンの明るさが遠ざかってもなお、人の鼓動を感じさせるプロアニアの徹底した整備は、僕達の馬車が加速するのを確実に手伝っていた。


 バイアンの城壁はみるみる遠ざかる。月が煌々と照り付けてもなお、色あせることのないバイアンから漏れた光は、霧の中でも微かに認めることが出来た。

 草原の冷たい風が一気に吹き抜けると、ヤトが足をばたつかせる。僕は恐る恐る振り返ったが、そこには馬車の姿も認められなかった。僕の姿を見たエルヴィンは、口の端で笑う。


「ここはプロアニアです、エルド様。ある程度此方の制御が効くことは理解していただいて問題ありません」


「すいません」


 エルヴィンの言葉に、つい反射的に謝罪の声が漏れる。エルヴィンは首を横に振り、笑顔を見せた。


「そういえば、行き先は……?」


「ゲンテンブルクへ向かいます。王に、ご挨拶を」


「王に……」


 僕は呟き、北西に視線を向ける。ゲンテンブルクは、今はなお濃霧の先にあり、想像する以外に姿を見る事は出来ない。僕には、バイアンよりも強い煤煙の霞の町が想像される。


「気を楽にしていただいて大丈夫ですよ。陛下は貴方を見放すほど、薄情な人ではないはずですから」


 エルヴィンは笑顔を作る。僕はそれを荷台から見上げ、ヤトを抱く力を強めて頷いた。

 遠ざかる夜空の星は霧と煤煙の為に消えて行く。雲か煤煙か判然としない夜空は動かないままで、速度を上げる馬車を見下ろしていた。

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